FC2ブログ

大洋ボート

忠臣蔵外伝 四谷怪談(1994/日本)

あの頃映画 「忠臣蔵外伝 四谷怪談」 [DVD]あの頃映画 「忠臣蔵外伝 四谷怪談」 [DVD]
(2011/12/21)
佐藤浩市、高岡早紀 他

商品詳細を見る

  題名が示すとおり、従来は別々の話であるはずの忠臣蔵と四谷怪談を融合させて一つの物語にした映画。日本人なら二つの話ともいつか見たことがあってぼんやりとであっても知っている。そのせいかそれぞれ随分と省略されているが、しらけることはない。むしろ深作欽二監督独特の進行の仕方で心地よい。なにかしら地に足が着かないようなそわそわした感覚のまま深作演出独特の勢いがあって最後まで引っぱられる。ラストの討ち入りの場面ではそこにいられないはずの佐藤浩市(伊右門)と高岡早紀(お岩)が二重写しの処理をされて登場し一部始終を見守ることになる。つまりSFっぽくなるが、その強引さもむしろこの映画ならではの進行として成功の部類に入るだろう。そこへくるまでの勢いがあるからだ。
  佐藤浩市は赤穂浪士の一員。よく知られているように切腹処分を受けた藩主浅野内匠頭の仇討ちをすべく、吉良上野介邸への討ち入りを他の浪士らとともに画策する。湯女(売春婦)の高岡早紀と知り合って束の間の幸福もえる。だがこれが長続きしない。吉良家の家老の孫娘(荻野目慶子)を暴漢の襲撃から救ったことから荻野目慶子にひとめぼれされてその一家の歓待を受けることになる。ここから佐藤において野望がむくむく頭をもたげてくる、吉良家に仕えることで安楽をえようとするのだ。高岡早紀(お岩)は吉良家の陰謀によって毒を飲まされ顔に不治の腫瘍ができるが佐藤はふりむかない……。悪へ一気に傾斜する佐藤だが見応えがある。佐藤は少年時代、病の父を救うために辻斬り(強盗殺人)をやり、浪士になってからも同士の窮状を救うためにまた辻斬りをやった。つまりは殺人や暴力への後ろめたさが消失してしまっている。倫理観も外面だけに過ぎなかった。その性向が吉良家に仕えようとする正反対の志向にも佐藤を結局はためらわせない。佐藤の一見無表情で悪に傾斜していく自身をみつめ堪えるさまは力が静かに入って巧みだ。この映画の佐藤ほどではなくても、誰でもとは言わないが、少なくとも私には少年時の杜撰さを修正できないままにずっと引きずってきたという恥ずかしい思いがあって、はっとさせられる。根深い性向が生き方に反映されてしまうということだろうか。映画(芸術・娯楽)は束の間悪を許しその時間のなかでどんどん展開する。視聴者も悪に同化してその行く末を見届けたいと思うが、現にそう思わせる点ではこの映画は十分に成功している。
  冒頭の浅野内匠頭の墓前で浪士たちがそろって額づく場面。暴風が吹いて満開の桜が飛び散り、墓石もぐらぐら揺れる。うろたえる浪士やまわりの町人。桜が暴風に飛ばされるところなどよく思いついたもので、不穏な空気がよくでている。衣装もいい。モノトーンで統一された浪士にたいして二人の女性のその色彩の豊かさ。荻野目洋子の真紅と家老の石橋蓮司の金色は極彩色というべきで、浪士との対比において鮮やかだ。ラストのカーテンコールまがいの場面もいい。顔のできものをすっかり落とした高岡と佐藤が薄い映像になって向き合う。生き返ったような幻想の世界だが、これからやり直そうとでもいうような抒情性を受け取った。私たちの人生ははじめからやり直すことなんて根本的にはできないものだが、やり直したという思いが映画や他者から発せられると、さらにその欲求の痛切さやゆたかさをもともに受け取ることができると、はっとする。
   ★★★
    13:06 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

大草原の渡り鳥(1960/日本)

大草原の渡り鳥 [DVD]大草原の渡り鳥 [DVD]
(2003/03/21)
小林旭、宍戸錠 他

商品詳細を見る

  若い時代の小林旭と浅丘ルリ子、それにいかにも1960年代はじめらしい北海道の手付かずの大自然、あとはわざとらしくにやにや笑う宍戸錠、これくらいが見どころで、他には見るべきものがないのかなという感じだ。
  話の構造としては、流れ者の小林旭が北海道の釧路にたどり着いて、地元の善良な人々の見方をして、彼等の土地を奪おうと画策する悪徳実業家の金子信夫の一味を殲滅したあと、さっと立ち去るというもの。小林が浅丘ルリ子と仲良くなりかけながらも、恋愛が禁じられている宿命であるかのようにみずからその発展を断ち切ってしまうのも、流れ者が主人公の映画には常套的なパターンだろうか。
  名作『シェーン』などの西部劇の模倣であろうことは誰にでもわかるだろう。小林旭はわざわざ馬に乗って(それに子供を乗せて)移動するのだから。映画文化を軸にイメージされた大国アメリカへの憧憬が根強かった時代なのか、アメリカ映画がやってヒットさせたのなら日本でも是が非でもやってみたいという思いがあったのか、当時の映画人やこの映画シリーズを支持した観客の心情は今となっては、私にはつぶさにはつかみとれないが。
  小林旭のコスチュームはジーパンに黒の革ジャン、赤いマフラーだ。ヘアスタイルは当時流行った慎太郎刈りで、スポーツ刈りとあまりちがわないが、頭の裾野部分の短いのは同じだが、慎太郎刈りは頭の上部を少しボリュームアップしているのが特徴だ。若かった石原慎太郎の独特のヘアスタイルからこの名がついた。理髪店にも料金表に貼りだされていたのを覚えている。
  小林旭で思い出すのは、あの時代、私の住む大阪市の下町に小林と同年代の若い人たちが溢れていたことだ。中卒で地方から出てきて町工場で働いていた人たちだが、皆さん、うすよごれた作業服にもかかわらず颯爽としていた。子供の目から見てのことだったのかもしれないが、未来を切り拓くようにも思えた。当時は日活映画の映画館も下町の各所にそろっていて盛況だったようで、彼等若い世代の支持も得て、小林旭も輝いていたのだろうと、今からふりかえると思う。
   ★★★
    21:15 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

レナードの朝(1990/アメリカ)

レナードの朝 [DVD]レナードの朝 [DVD]
(2010/11/24)
ロバート・デ・ニーロ、ロビン・ウィリアムズ 他

商品詳細を見る

   バート・デ・ニーロはじめ、原因不明の脳障害をわずらう患者が多数入院する病院に医師のロビン・ウィリアムズが赴任してくる。ウィリアムズはさまざまな試行錯誤の末にパーキンソン病のために開発された新薬を実験的に患者に投与する。すると患者は劇的な改善を見せて、健常者のレベルに近づく。だがさらにその先には予想外の展開が待ち受けている……。
  こんなに簡単に治ることがありうるんだろうか、大丈夫かなといぶかしく思ったくらいだった。患者にとっては奇跡であり狂喜すべきことは勿論だが、この映画自身が大丈夫かな、事実にもとづくと最初に記されてあったが、はたしてほんとうにそうなのかなと、見ている途中狐につままれた気分になった。だがやはり脳障害は一筋縄ではいかないことが後の展開でわかり、患者には悪いが、逆になにかしらほっとした気分になったことも、偽らざるところだった。
  ロバート・デ・ニーロがよかった。少年時代にその病気に罹って以来、30年間彼はベッドと車椅子で母親の介護に助けられながらぼんやり時を過ごしてきた。「嗜眠性脳障害」と仮に名づけられたとおりに、意識に何ひとつ浮かべることはなかった。それが薬のおかげでみるみる意識を取りもどしはじめ、少年時代に帰っていく。30年の眠りから覚めたという、喜びと当惑が同時にあらわれた表情が、ああこんなものかなあと私に思わせた。少しジーンとした。鏡を見ると顔は記憶にあるものとは当然まるでちがう中年になっている。落胆するのではなく、まじまじとみつめる。静かに喜びを噛みしめるのだろう。おそるおそる電気カミソリを頬にあてがう。さらに女性のうつくしさにも目覚める。
  人はおのおの知っていることと知らないことがある。俳優も同じで、知らないことなら、この映画では病人の所作がそれにあたるが、目の当たりにして模倣するしかない。そして知っていることなら、またその延長線上で想像できると思われることなら自分の引き出しからとりだしてみる。そして俳優というひとつの肉体のうえに両者を統一させてまさにひとつのものにする。こういう作業と存在が俳優の理想だということをデ・ニーロをみて納得した。健常者であるデ・ニーロが、にわかに健常者に回帰した病者を演じるのだ。
   ★★★
    22:48 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

丑三つの村(1983/日本)

あの頃映画 「丑三つの村」 [DVD]あの頃映画 「丑三つの村」 [DVD]
(2011/12/21)
古尾谷雅人、田中美佐子 他

商品詳細を見る

  この映画も犯罪が主題だが、比較的丁寧につくられている。小さな山村が舞台で、村いちばんの秀才と一目置かれる青年(古尾谷雅人)が、家にこもって教員資格取得のために勉強をしている。衰弱気味の身体をいたわりながらのようでもある。時代は昭和13年ということで戦争の真っ最中である。教員になるためには当時は師範学校に行かなければならなかったのではと思うが、それ以外に検定制度があったのだろうか、私にはわからないが。
  古尾谷雅人はしだいに勉強一本やりの生活態度に飽きてくる。青年ならほとんどが性への興味をもつものだが、古尾谷も悪友の影響もあってそれを刺激される。さらにはその村には夜這いの悪習が色濃く残っていて、古尾谷は自警団のリーダーである夏八木勲が既婚者の池波志乃の家に押し入って堂々とそれをやってのけている現場を目撃してしまう。夫たちは徴兵されるやら仕事やらで留守が多く、女性にとっても「夜這い」はひそかな娯楽であったのだろう。古尾谷もこわごわ実践してみるが、女性たち(池波志乃や五月みどり)も大歓迎で見事にはまってしまう。時代や地方によっては(勿論個人単位でのちがいによっても)こういう性に対する「おおらか」さが当たり前のように存在したのであろう。もしかすると日本人にはたてまえとしての性にたいする厳格さの裏には、こういう「おおらかさ」の文化的基盤が根強く流れているのではないかと思わされる。
  だが女性をはじめとして村人の古尾谷にたいする態度が手のひらを返したように一変する事態が起こる。古尾谷が徴兵検査において不合格になるばかりか肺結核であることがわかり村中に知れわたってしまうのだ。当時は、結核は不治の病とされたが、同情するどころか古尾谷をまるで邪魔者・死人扱いする村人の態度もどうかと思われ、落胆し絶望し、やがて皆殺しに走ってしまう古尾谷の心情も半分くらいはわかる。しかしあとの半分はやはり描ききれていない。背景から皆殺しに至るまでの古尾谷の「飛躍」が人間的個性としては素通りされている気がする。そこを映画としての娯楽性や大雑把さで代替させている。結果、それなりの面白さでもあり、また後味の悪さをもたらすことにもなった。
  古尾谷が犯罪において秀才振りを発揮するところは、本人も「あく抜き」してすっきりした表情をみせて、なるほどと思うのだが。真夜中電柱によじのぼって電線を切断し、懐中電灯を角みたいに頭にくくりつけて弾薬の箱と猟銃と日本刀をたずさえて、村じゅうの家に押し入りどんどん殺していく。途中咽喉が渇くとヤギの下に仰向けになって乳を搾り飲み干す場面などは印象的だった。
  ★★★
    12:50 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top
プロフィール

seha

Author:seha
FC2ブログへようこそ!

カレンダー(月別)
08 ≪│2019/09│≫ 10
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 - - - - -
最新の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
カテゴリー
月別アーカイブ
全ての記事を表示する
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

FC2カウンター
ブロとも申請フォーム
ブロとも一覧
ブログ内検索
RSSフィード
リンク