大洋ボート

伊藤永之介「万宝山」今村栄治「同行者」徳永直「先遣隊」

  伊藤永之介の「万宝山」は1931年7月に起きた万宝山事件を題材にしている。長春西北の万宝山付近に入植した朝鮮人農民と中国人農民が対立し、日中双方の警察を巻き込んでの衝突事件となったといわれる。
日韓併合によって零落した下層農民が満州地域に農地をもとめて移住するが、日本の警察は存在するものの庇護するに足りるだけの人数ではなく、逆に中国警察が政府の朝鮮人農民排斥政策にのっとって中国人農民と結びついて実力行使でもって彼等を妨害・排除しようとした。例えば、小説に描かれた朝鮮人農民は地主から正式に借地権をえた状態であるにもかかわらず、地主は中国警察の強権によって彼等に即刻の立ち退きを申し渡すという始末で、つまりは安定した法秩序の無い地域が満州であったのだ。
  おそらく数十人の朝鮮人農民であろう。前述した某地にたどりついた彼等が開墾をはじめるが、満州は水利が悪いところで、河から水をひかなければならないにもかかわらず、日本領事館から許可がなかなか下りない。播種期がせまっているから交渉をつづけるとともに水路の掘削にも彼等はとりかかる。播種を終え、後は河を堰きとめる工事をするばかりになった頃に、巡警と呼ばれる中国警察と中国人農民が襲撃してくる。大半の工事を朝鮮人にやらせたうえで農地を強奪しようとするのだ。銃をはじめ中国側には武器が事欠かず、一方朝鮮人にはそんなものはない。頼りにならない日本警察にすがるしかないのだ。正面切って抵抗するでもなく、あっさり逃げるでもなく、なんとか踏みとどまろうとする朝鮮人農民の無力がよく描かれている。
  危険を承知で堰きとめ工事は実行される。そうするしかないのだ。収穫期までは食糧不足に耐えなければならず部落は飢えと栄養不足による赤痢に見舞われ、子供たちがつぎつぎ死んでいく。また主人公の女性裴貞花(ベチョンハ)の夫も中国警察に連行されたのち消息不明になる。男性は動きまわる。女性は昼間は工事を手伝うことができても夜間は子供を置き去りにできず、家のなかでじっとするしかない。特に襲撃のさなかは息を殺したように緊張に耐えるしかない。何かしたいという思いはあってもそれはなく、事態の推移のなかに立ち会うしかないのだ。
  わたしがはっとしたのは銃撃の描写だ。わたしたちはアクション映画でいやというほど銃弾が飛び交う場面を見させられて、絵空事を承知で楽しんでしまい、それは別段悪くはないと思うものの、現に飛び交う銃弾というものの実相からとおざかってしまっている。

突然パーンと銃声が弾けた。
耳朶を刃物で切るようなシュッという無気味な唸りが、湿った空気を通り抜けた。


銃声がグッと此方に接近したようだった。銃丸(たま)の唸りが渡鳥のように低い空をよぎった。

  銃弾とは触れれば怪我をする、悪いと死ぬものだ。こんな当たり前のことが、恐怖が、臨場感豊かに表現されている。無論、銃弾ばかりではなく、出来事全体が作者にとって切実さをともなって捉えられている。襲撃に慌てふためく男女の一連の動きのなかでの銃弾。「万宝山」には朝鮮人農民への真面目な同情があり、それが根にあって万宝山事件の実相を日本人・朝鮮人の読者にとどけたかったのではないか。
  推測になるが、名目上は「日本人」となったものの朝鮮人にたいしては、日本警察はそれほど警護に重きをおかなかったのではないか。また、それを見越しての中国人側の襲撃ではなかったのか。この短編はほぼ同時代に発表された。初出「改造」1931年10月号、とある。万宝山事件の2か月後の9月18日満州事変が勃発する。
  今村栄治「同行者」の初出は「満州行政」1938年6月号。時代はさかのぼって「万宝山」と同じく満州事変直前である。主人公の朝鮮人青年のいる長春の宿の部屋には日本軍の演習による銃声が聴こえてきて、日支衝突の噂が広がっている。だが青年にとっては大きな政治(戦争)の帰趨よりも自分の身の処し方が切実だ。朝鮮半島においては、日本の政策に賛同して日本人に成りきろうとする者と朝鮮人ナショナリズムを固守する者とが分裂した。青年は前者の立場で、日本語を習得して大連で日本人と交わってきた。十年以上朝鮮語を使わず「完全な日本人」となったとは本人の自覚である。だが大連での生活も行きづまり、今満州の田舎に移民している兄のもとへ赴こうとしている。都会暮らししか知らない青年にとっては百姓暮らしには自信なく、また魅力ももつことができない。日本人によって排斥されたのかどうかは不明だが、日本人にもなりきれない、かといって朝鮮人の保守的文化にも今さら慣れることができないという、青年はジレンマのただなかにいるようだ。
  そうしたなか、主人公はさらなる民族分断と異民族(日本人)の猜疑にさらされることになる。「同行者」とは荷馬車で二日かかる同じ場所に行く同乗者の日本人で、彼が朝鮮人の同行者をもとめていて宿の主人に紹介された。その日本人は「鮮匪」と呼ばれる満州地域の朝鮮人の犯罪集団を非常におそれていたので、同じ朝鮮人同士での無事なやりとりを期待してのことだった。だが実際に鮮匪が待ち伏せする場面に直面すると、日本人は青年に鮮匪の手引きをしたのではないかと疑ってかかるという結末が待っている。青年にとってはまったくの濡れ衣だが、日本人の朝鮮人にたいする心の底にある警戒心や猜疑がここへきて如実に顕れた感がある。異民族融和や、同民族内(鮮匪と青年)の団結、こうした言葉はうつくしいのかもしれないが、実現にはとおいことを青年は危機とともに実感するようだ。
  作者の今村栄治は朝鮮人で、完璧な日本語で小説や戯曲を発表しつづけたが、1945年8月15日以降、消息不明となったと作者紹介にある。朝鮮語よりも日本語が堪能だったそうで、まるで本短編の主人公さながらだ。日本にあまりに寄り添い過ぎて、戦後、身の置きどころがなくなったことが想像される。
  徳永直の「先遣隊」は満州国成立後が舞台。大人数の満州移住に先立って1年前に少人数の部隊が移住してその準備をととのえるのが「先遣隊」である。測量、農地開墾、播種、収穫を終え、さらに冬場には家屋建設をできるだけ多く成しとげるという工程となっている。中国人匪賊の襲撃にも見舞われるが、日本人も武装しており、互角に応戦できる。だが、満州の冬はながく、その夜の静寂はおそろしい。男ばかりの集団でなかには好きな異性を本土に残してきた者あり、また写真だけで結婚が決まった者がその写真を繰り返し見てはなぐさめにする。夜の静寂のなかからすすり泣く声が漏れてくると、それは単身で渡ってきた給仕係の少年である。このわびしさ、寂しさは読んでこたえる。渡満にあたっては永住の決意をしたものの、ともすると心が揺らぐ。「屯墾病」という言葉が出てくる。ホームシックが高じ、さらには匪賊の恐怖もくわわって神経衰弱に陥るという病である。青年の一人がこれに罹って日本へ帰っていく。だが郷里の村では満州移住の準備が少なからぬ希望とともになされている最中で、青年には居場所がない。
  結末はハッピーだ。満州移住の人に混じって青年もふたたび渡満し、先遣隊の青年たちは結婚相手や好きな女性と合流し、再会をはたす。この時代の日本人のいきおいと幸福感を感じさせる好短編。満州国崩壊の運命はこの時点ではだれにも知られない。初出は「改造」1939年2月号。

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