グッド・シェパード(2007/アメリカ)
10/21/2008 (Tue)
![]() | グッド・シェパード (2008/12/04) マット・デイモン・アンジェリーナ・ジョリー 商品詳細を見る |
マット・デイモンという人は「無表情の表情」がすっかり板についてしまった。「ボーン・シリーズ」や「ディパーデッド」というスパイものに立てつづけに出演してコツをつかんだのだろうか。「無表情」といってもそれは上辺で、見た目であるが、その奥底にはさまざまな感情がうずまいて「無表情」を突き破ろうとする。ときにはマット・デイモンに無表情と表情が二重になったさまを見る思いがするが、「表情」が前面に出ることはない。それほど固い「無表情」である。そういうマット・デイモンが見られるところが、この映画の一番の売りか。
物語は第二次大戦の時代に、マットがCIAの創設に関わってやがて「順調」に幹部にのぼりつめて一九六〇年代初めのピックス湾(キューバ)侵攻作戦に関わるまでを描く。なるほど諜報組織は冷酷無残だ。長年貢献した人物でも組織運営に支障をきたすととるとあっさり殺してしまう。「知りすぎた男」であるからでもあるが、マットが同僚とともにその実行もためらわずにくだんの男に近づくと、すでに別働隊が準備万端で先を越して動いている、といったありさまだ。国家組織だから殺人の一つや二つ(もっと)は容易に闇に葬ることができると、映画は主張したいのだろう。
きわめつけの場面がある。ソ連の軍幹部が亡命を申し出るためにCIAに面会に来る。自信家で楽天的な男だ。先にアメリカに亡命した××という男が贋者で自分が本物だと主張する。そんな馬鹿なことがあるものかと、自分たちがコケにされたと面会担当者はすっかりのぼせあがる。詳しくは書かないが、そのソ連軍人はまるで虫けら同様の残酷な仕打ちを受ける。マット・デイモンらも別室から覗いているが、ここはさすがにぞっとさせる。
疑問だったことがある。ピックス湾侵攻作戦が事前の情報漏れによって頓挫したような描き方だが、真相はそうではないだろう。一五〇〇人という上陸作戦の規模があまりにも小さすぎたからだ。その程度の部隊でキューバ軍を打倒すべくもないのだ。作戦に積極的なCIAと消極的なときのケネディ大統領の対立があったとは、スパイ小説家フリーマントルの『CIA』という本で読んだ。
さらば、ベルリン(2006/アメリカ)
10/17/2008 (Fri)
![]() | さらば、ベルリン (2008/02/08) ジョージ・クルーニー.ケイト・ブランシェット.トビー・マグワイア . 商品詳細を見る |
モロクロ映像の冷たさがさえる。おそらくはデジタル処理されているのであろう。陰の部分から人物が出てきて光があたって容貌が晒される、このときのヌッとした感触がいい。それと終戦直後のベルリンの市街を映したニュース画像(モノクロ)らしきものが挿入されて、映画映像との微妙な差異もまた心地いい。映画が映像表現にこだわることのいい例を見た。
ジョージ・クルーニーは新聞記者で、戦争勃発直前までいたベルリンを再訪する。仕事のためだが、恋人であり同僚でもあったケイト・ブランシェットを見つけ出したいがためでもあった。だが彼女はあっさりとジョージ・クルーニーの前に姿をあらわす。彼の専属運転手トビー・マグワイアの情婦であったからだ。さらにケイト・ブランシェットをめぐって不穏な動きがにわかに活発になる。正体不明の人物がケイトの夫を探索中で、トビーとジョージは彼やその一味によって手ひどい暴行を受ける。ケイトによれば夫は死んだという。だが小悪党でもあるトビーは、そこに金になりそうな匂いを嗅ぎつけてソ連占領軍にまでそのネタを持ち込む。かねてから横流しした物資を売りつけていたのでつながりはできていた。だがそのトビーもまもなく殺される。新聞記者魂を発揮して、ジョージは真相解明に乗り出すが……。
ジョージ・クルーニーは直接ケイト・ブランシェットに真相を聞きただせばもっと事態ははやく進展するかとも思えるが、ケイトはあまりにも変わり果てている。肉体だけは開こうとはするが、口は容易には割らない。堕落しているし不遜に見える。だからジョージはケイトを現在のケイトたらしめているものを、取材活動をつうじて知ろうとする。だがトビー殺害事件からあぶりだされてくるものは、新聞記者ひとりではどうにもならないほどの国際政治の陰謀の力学である。またナチス支配下のドイツで、ドイツ人ひとりひとりがどのように生きていかねばならなかったかという厳しい歴史的現実である。なかでもケイトはそのなかの典型的な人間である。生き抜くということ、ドイツの不幸な歴史のなかでその信念にしがみつき、つまり他のドイツ人を犠牲にして生き抜いた。そして戦争が終わってからも、そういう生き方をとりたてて反省もせず、ジョージの前にひけらかすのだ。これでもわたしを愛せる、とケイトはジョージに絶望とわずかな悲しみをにじませて問いかけるようにみえた。愛どころではなくて、ジョージ・クルーニーからみたケイト・ブランシェットはあまりにも重い。(言うまでもなくこの二人は好演そのもの、この作品の独特の空気をつくっている)
戦後の名作といわれる『第三の男』と雰囲気的には似ているのか。だが主人公の元恋人に対する未練はほとんど見られない。そんなもの持ちようがないほどケイトは毒に染まっている。そしてその毒は戦争という全体につながる。ジョージ・クルーニーが眼光鋭く全体を見据えて、その全体からはね返される孤独感、これがきわだつ。涙なんて似合わない、しばし茫然とするしかない孤独感だ。またつけくわえれば、「全体」というものは映画の上では第二次大戦だが、ほんとうはそうではなくもっと現在的なもので、大戦はその隠喩ではないかという気がした。このことには、最初に書いたモノクロによる映像表現もくわわって効果をあげている。
イントゥ・ザ・ブルー(2005/アメリカ)
07/28/2008 (Mon)
![]() | イントゥ・ザ・ブルー (2006/03/17) ジェシカ・アルバ 商品詳細を見る |
この暑い季節にぴったりのDVD(映画)。バハマの青い海と光が心地よい。
古い沈没船の発見を夢見るダイバーのポール・ウォーカーはついにそれを実現する。さらに沈没船の付近には墜落したジェット機がほとんど無傷のままで残骸をさらしていた。機内には密輸目的らしい大量の麻薬もあった。ポール・ウォーカーとその恋人のジェシカ・アルバ、さらにはニューヨークからやってきた友人の弁護士とその恋人の計四人で協力して、発掘作業にさっそく取りかかる。これが話の始まりで、滅多にない幸運の発見が二つも重なるのは話としては無理があるが、そこは映画。四人はダイビングに励むなか、麻薬の強奪をたくらむ悪漢どもとのたたかいにも巻き込まれる。
沈没船の発見とその財宝の探索の過程がおもしろい。まずは海底の砂場でバラスト用の石(船の重心の役割をする)を見つける。そこから手掘りで砂をかいていくのだが、次には送風機が使用される。圧力をかけて砂を噴射するのだ。さらにもっと作業を効率化させるために大型ポンプが用いられる。逆に砂を吸い込んで後部で吐き出す方式だ。金製のナイフが見つかって、やったなという感じ。少し重いものの引き上げの様子もおもしろい。これはバルーンを括りつけるが、最初はぺしゃんこで、海中で酸素ボンベから酸素を送ってふくらます。なるほど。もっと重量のあるものは、比較的大型の海上の船から起重機で引き上げる。
鮫やエイや小さな魚が群れをなすのも、海中のカメラが仰ぐ角度で撮って、陽光の散乱するさまやボートの航跡をみせてくれるのもさわやか。酸素ボンベの栓を抜いて武器にするのも「へえ」。勢いがついて魚雷のように進む。ジェシカ・アルバといおう女優のビキニ姿のきれいなことも書いておかなくては。
DVDは、ときどき画面の不鮮明なものや色彩がにじんだようなものに出会うが、これはそんなこともなく、たいへん鮮やかな映像を見せてくれた。





