ミラーナ・テルローヴァ『廃墟の上でダンス』(3)
この本にも、戦争によって日常的な心のバランスをあっけなく壊されてしまってのたうちまわる青年のことが記されている。ひとつは、ナショナリズムという戦意と義務意識が日常意識を壊す。さらにはそのナショナリズムでさえ支えきれない、はげしい暴力を蒙ったあとの心の喪失がある。しかし、彼らを弱者と呼ぶことに私はためらいを覚える。今の私の意識では彼らの「愚行」は否定すべきだと自らに言い聞かせる以外にはないが、それにもまして奥底では深い共感を呼ぶ。共感といっては変だが、心がとても届きそうにはないが届かせてみたいという欲望に駆られる。同時に無力感も抱えこまされる。勿論、可哀想だなあ、と思わずにはいられない。その一方では、屈強な青年も多くいて、奮戦して見事な最後を遂げた姿も記されている。先にも書いたが、著者ミラーナ・テルローヴァはすぐれた聞き手であり記録者だ。
「8、セダの消えた太陽」という項目がある。一九九五年、ミラーナがグローズヌイの一地区で避難していた頃である。新たにできた何人かの友達のなかにセダという女性がいた。たぶんミラーナと同じくらいの年頃と思われるので、一五,六歳だろうか。幼馴染でボーイフレンドのアリという男性(一七歳)がゲリラ部隊に入隊したのちに別れの手紙をよこした。彼の兄がロシア兵に殺されたからだ。父も兄の後を追うようにして死んだ。(死因は書かれていない)アリはセダにそれまでのつき合いを感謝するとともに、自分はもはや「憎しみと恨みしか」ない「抜け殻」状態である、セダにはふさわしい人間ではなくなった、愛はあるがとても一緒になってくれとはいえない、という内容だ。セダに頼まれてミラーナがアリの手紙を音読するのだが、セダが途中で口を挟む。
兄を殺され父が死んだことによってアリの日常性は一挙に破壊された。同時に意識も壊されたのだ。セダの言葉は、手紙を受け取る以前にアリと最後に会ったときのことだろう。このときアリは別れを明確には口にしていない。だがセダにはわかりすぎるくらいにその内心がわかる。恋人同士の逢瀬では何かを隠そうとしても、隠そうとすること自体がまずわかってしまう。そして決定的に相手が変わってしまったことが否応なしにわかる。「あのときアリは、私の姿を脳裏に焼きつけてどこかに持っていこうとしているような、そんな目で私を見たわ。」恋人同士でしか踏みこめない痛みをともなう認識をさせられる。認識しようとしてするのではなく、直感がそうさせるのだ。だがショックだからといって投げ出そうとはしない。こらえつつセダは可能なかぎりアリに近づこうとする、陶酔もこめて、かつての楽しかった日々をそこに見出そうとする。「私のほうは、以前のアリを見つけようと一生懸命になるのに疲れちゃってね。」最後の逢瀬になりそうなことがわかっていながらも、どうすることもできない。それほどの厚い壁が現前する。このつらい別れによってセダの日常もまた破壊されてしまう。「アリは変わったどころじゃなくて、死んだようなものだったわ。復讐を口にするようになって、だんだんとそれが妄想みたいになっていったの。もうアリじゃないみたいだった。挑発的になって、戦わない人を罵るようにもなったし、前はいつも私の目をのぞき込んでたのに、あるときから視線を避けるようになってね。
(略)
最後に会ったとき、もう私のアリはここにはいないんだってはっきり思った。だって、アリの目は空っぽだったもの。憎しみさえもない。何もないのよ。あのときアリは、私の姿を脳裏に焼きつけてどこかに持っていこうとしているような、そんな目で私を見たわ。私のほうは、以前のアリを見つけようと一生懸命になるのに疲れちゃってね。このまま行かせたら二度と会えないってわかってたけど、でも引きとめることもできなかった……何もできなかった……」(p61〜62)
手紙の朗読が再会される。アリは復讐感情にがんじがらめにされている。ゲリラのほかのメンバーは独立とか伝統とか村を守るためとか、立派な志をもって戦っている。「でもぼくはちがう。セダ、ぼくはちがうんだよ。ぼくはただ家族がひどい目にあったからここにいるだけだ。殺すか殺されるか、ぼくにはそれしかない。」そしてつぎに、セダには「どうしても言えなかったこと」を打ち明ける。捕虜の無抵抗のロシア人を殺してしまうのだ。セダが兄の敵(かたき)をとりたがっていることを知っていて仲間がそのロシア人(兄を殺した男ではない、ただロシア人というだけ)を連れてくる。チェチェン・レジスタンスの捕虜の人道的扱いをあえて破ってもかまわないということだ。
ぼくはそのロシア兵めがけて、弾倉が空になるまで撃ちまくった。その弾と一緒に自分の憎しみも撃ちつくした。そうしたら、ぼく自身が空になってしまった。もう何もない。何も残っていない。その捕虜は、死にたくない、撃たないでくれと女みたいに泣いていた。それを撃ったんだ。これじゃロシア野郎と同じだよ。そいつは弾丸を浴びてからも数秒のあいだ動いていた。あの数秒が忘れられない……。こんな状態ではもう生きていけない。だからゲリラ部隊に入った。母もきみも捨てて。(p63)
わかったような口を利くつもりはないが、アリは自己統制と欲望のせめぎあいにくたくたになってしまったのだろうか。そして殺すことによって自己統制も欲望も消失してしまい「抜け殻」になったのか。人間は弱い、弱いことにおいて人間だ。戦争や暴力という未知の領域に踏みこまずにはいられないことにおいて弱いし、間違う。救いがあるとするならば、「抜け殻」という言い方に自責がこめられていると見えることだろうか。それはまた自殺願望もこめた戦いへの参加につながるようだ。このアリとセダの物語にはまだ続きがある。セダは一年も経たないうちに通学途中に死んでしまう。だが、自殺か、事故死かは特定できないようだ。ミラーナは「不条理」だと書く。死因をはじめ、セダの死についてもっと書いて欲しいと読者は欲をもつが、何故か「これ以上のことは書きたくない。」とミラーナはしめくくる。
ミラーナ・テルローヴァ『廃墟の上でダンス』(2)
私は彼らが真剣な顔で、あるいは微笑みながら死に立ち向かう姿をこの目で見た。たしかに熱狂に身を任せ、常軌を逸した卑劣な行為に走った者もいる。けれど、レジスタンスの圧倒的多数は私たち市民を救うために戦ったのだ。いや、今もなお戦っている。オレホヴォやグローズヌイで出会ったあの戦闘員たちの顔を、私は決して忘れない。彼らには墓もレクイエムもない。彼らは賛辞を求めるでも、憤りを口にするでもなく、文字どおりなんの見返りも求めずに死んでいったのだ。だから、せめて侮辱しないでほしい。(p44〜45)
ミラーナ・テルローヴァはこう書かずにはいられない。第二次世界大戦中にはカザフスタンに強制移住させられ、チェチェン人の三分の一あに当たる十七万人が死んだといわれる。ロシア支配への挑戦と独立は民族の悲願であることをほとんどのチェチェン人が自覚していた。そこへエリツィンの時代のロシアの弱体化があり、チェチェンは千載一隅のチャンスとみて独立宣言をした。第一次戦争の終結期には首都グローズヌイを奪回した。レジスタンスに人が集まらないと、こんな壮挙はやれるはずもない。大学進学や仕事や恋人への夢を投げ出して「なんの見返りも」なく若い人たちは集結した。ナショナリズムが身にしみこんでいるのだろう。ミラーナが自国民として誇りとするところであり、戦いへの連帯表明である。反面、影の部分もある。のちほど紹介するが、若い人たちの戦争への参加とその結末は一様ではない。屈強でありつづけた人もいるが、戦争の牙は多くの若い人を深いところで荒廃させた。ミラーナはこのことも書き忘れない。本書の魅力の大きい部分となっている。
ミラーナ・テルローヴァはこのようにレジスタンスの暴力は否定しないが、その変質にははっきり批判的だ。同時に弱体化した抵抗勢力がアルカイダなど外国のイスラム勢力に引きずり込まれ合流することにも反対だ。それはまたミラーナ一人の意見ではなく、多くのチェチェン人の意見であり心情でもあるようだ。私たちの記憶にも新しい、チェチェン武装勢力が北オセチアの小学校に子ども多数を人質にして立てこもった事件があった。事件の知らせを耳にしたチェチェン市民は憂慮一色だったという。グローズヌイでは子どもたちが母親といっしょに街に出て「私たちが代わりに人質になります」というプラカードを掲げて歩いた。切実な訴えだ。だが事件は最悪の結果をもたらし、チェチェン市民にも深刻な打撃となった。戦闘意欲を萎えさせるには十分だっただろう。
尿を飲んで渇きをしのごうとしたあの子どもたちを見て、心かき乱されないチェチェン人などいないはずだ。どうしたってグローズヌイの地下室で同じことをしたチェチェンの子どもたちを思い出してしまうのだから。もしそんな人がいれば、あるいは自分たちの子どもも苦しんだのだから当然の報いだなどと考える人がいれば、それは自らも狂気と残虐に身をゆだねてしまった人だ。死者は三七〇人、そのうち一六〇人以上が子どもだった。それまでチェチェンは正義の戦いをしていると思っていたけれど、もうそうではなくなってしまった。この戦争は敵も味方も腐らせていく……。(p219)
この事件(二〇〇四年)の二年前にもチェチェン武装勢力によるモスクワ劇場占拠事件があり、多数の死者が出た。チェチェン独立を支持するヨーロッパの人権派にも痛手だっただろう。だが大きい口を開くのは私には似合わないが、やはりここはミラーナ・テルローヴァを代表とするチェチェンの良識派(「狂気と残虐」に陥らない)の存在を信じ、チェチェンの独立を支持しつづけるしかないように思える。もはや本国では抵抗勢力が盛り返す力は残っていないのだろうが、国際世論をあてにした言論、情宣活動を行うという道は残されており、現にミラーナはフランスなどで精力的に講演を開いている。
たしかに、ロシアとチェチェン双方の血で血を洗う戦争行為に対しては、どちらもどちらという見方が成立しやすい。凄惨な事件を見せつけられたときの当然の反応だからだ。また、その見方に良識がないとはいえない。だが歴史や民族性、またロシアにおけるチェチェン人の被差別性(「黒尻野郎」とさげすまされる)を考慮すれば、チェチェンの独立は認められるべきではないだろうか。欧米がロシアに対する遠慮を解かないかぎりは独立承認には踏み込めず、歴史的時間がかかるのは必至だが。
ミラーナ・テルローヴァ『廃墟の上でダンス』(1)
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チェチェンはロシア連邦に属するカフカーズ地方の小さな地域である。現在、紛争がクローズアップされたグルジアとも近接する。独自の文化と言語を持ち、また独立志向が旺盛で、古くはロシア帝国の時代から果敢に抵抗運動をつづけてきた。だがロシア側も旧帝国や旧ソ連の時代から現在のロシアに至るまで一貫してチェチェンの独立を拒否し、軍事的支配を解こうとはしない。豊富な石油資源がその地域に埋蔵されているからでもあるが、やはり各地域で領土、分離・独立問題を抱えるロシアという国の成り立ちを根底から揺るがしかねないからでもある。そんなチェチェンだから、同じように固有の文化と言語をもちながらいまだ祖国を持たないクルド民族の運命ときわめて似ている。クルドほど人口や地域の広がりはないが、独自にリーダー(大統領)を選んで独立宣言をしたことも全く同じ。だがそれを欧米はじめ主要国が承認しないかぎりは真に独立を果たしたことにはならない。
巻末の略年表(著者作成)によると、一九九一年大統領に選出されたジョハール・ドゥダーエフは十一月一日に独立を宣言した。しかしモスクワはこれを違法とし十一月八日非常事態宣言を発令。その後も両者の対立はチェチェンが独自の憲法を制定するなどして尖鋭化し、一九九四年十二月ロシア軍はついにチェチェンに侵攻した。これが第一次チェチェン戦争の始まり。一九九六年八月和平合意が成立し、第一次戦争は終結。この間死者八万人。だが小康状態は束の間だった。ロシア各地でチェチェン人の手によるとされる連続爆破事件が起こり、ロシア軍は再び軍事侵攻。一九九九年十月以降のことであり、第二次チェチェン戦争の始まりだ。二〇〇〇年二月には首都グローズヌイがロシア軍によって制圧される。六月にはロシア大統領ウラジーミル・プーチンがチェチェンを大統領直轄統治領とした。二〇〇七年には親ロシア側のラムザン・カディーロフがチェチェン共和国大統領に就任し、以降チェチェンはロシアとカディーロフによる占領状態がつづいている。物量にまさるロシア側が独立派を表立ってはほぼ駆逐したということだろう。それまでの間、血なまぐさい戦争状態がつづくが、ゲリラ化、テロリスト化した独立派勢力はモスクワ劇場占拠事件、北オセチアでの小学校占拠事件など大惨事を引き起こしたことも忘れてはならない。またドゥダーエフはじめチェチェン抵抗勢力の主だった政治指導者のほとんどが戦死、殺害されている。著者はチェチェン戦争の死亡者は二十万人を超えたというが、この数字はロシア側もふくむものかどうかは不明である。
前置きが長くなった。著者のミラーナ・テルローヴァはチェチェンに生まれ育ち、のちにはフランス留学を果たし、さらに祖国へもどって現在は国際交流センター設立に尽力する女性である。生粋のチェチェン人だから当然のごとく祖国の独立を支持し、その抵抗運動を心から応援しないわけにはいかない。だからロシア軍の残虐非道や政治的強圧をことあるごとに非難する。怨みは根強いと窺われる。だがそれは彼女がチェチェンで生まれてからその環境の下で少女から大人となる時代を生活してきた結果である。独立への志向は多くのチェチェン人同様、ごく自然で腰の据わったもので、戦闘的であっても偏狭ではない。また過激派の立場でもない。
著者とその家族は、戦争が勃発してから生まれ故郷のオレホヴォ村を追われ、別の小さな村やグローズヌイや、隣国のイングーシなど戦火から逃れるため移住生活を余儀なくされる。ロシアによる強制隔離もある。故郷の家には帰ることができたり、また避難したりの繰り返し。やがて故郷に落ち着くことができたのは、皮肉なことにロシアの勝利によって戦火が収まったからである。チェチェンの同国人同士の結びつきは強い。親戚をあてにして寄宿をたのむと既に他の親戚が避難してきていてすし詰め状態だが、それでも受けいれてくれる。また当然そんな風に著者の家族が親戚を受けいれる場合もある。
この手記は、そんな戦争と混乱のなかから生まれた。自分の目の前で起こったことや友人から打ち明けられたことを素直に書きとめたものである。新聞等の報道は報道として区別する。政治的プロパガンダやそれに類する絶叫型の書きぶりではない。そういう要素もふくみながらも一歩抜きんでている。起こったことと聞いたこととそれに対する自分の印象を実に平明に綴るのだ。考えたことは、正確と冷静を旨として書きとめる。「狂気と残虐」に陥らないためだ。そして、非難よりもまず、悲しみとやりきれなさが空気として広がる。数ページに一回は親戚や仲間や同国人の戦死もふくんだ死のことが出てきて痛々しいが、ミラーナ・テルローヴァの間近にいて一緒に事態を見守るかのような透明感がもたらされる。手記として成功している証左だが、それだけではなく、やはり戦争というものの現実になまなましく立ち会わされ考えさせられ、緊張を強いられる。
私にはこの著者が強くまた豊かに見える。それは彼女が平和の楽しさ、明るさを身をもって知っているからだ。本の書き出しは一九九四年十二月で、学校で催されるダンスパーティの準備のため鏡を前にしながらおしゃれをしている場面である。だがその直前の時期に第一次チェチェン紛争がすでに始まっていて、ダンスパーティは結局は開かれなかった。ミラーナが一四歳のときだ。だからそれまでは平穏無事に彼女もチェチェン人も暮らすことができた。だから平和に暮らすことの楽しさと幸福を十分に知っている。このことは重要だ。平和で健康であっても幸福感をもつことができない人が実に多いことを私たちは、身の回りをみて知っているからだ。(私もそのはしくれかもしれない)その点で、ミラーナは最適の人だ。友達と西側の映画やファッションへのあこがれを共有できる。いっしょに食事をして楽しむすべを知っているし、国の未来についても語り合うことができる。自分の意見を述べながらも聞き上手である。相手が打ち明けたい欲にかられたときはじっくりつきあう。そこから貴重な人生の一端を聞きだすのだ。また、理解不可能なことや怖ろしいことは飾らずにそのとおり表現する。当然、頭脳明晰だ。そして自分自身をよく知っていて、「平和の記憶」を忘れてはならないと説く。「戦争の記憶」を忘れてはならないとは、私たちが夏が来るたびに耳にする言葉だが、チェチェンにおいてはそれは身の回りにごろごろしている。そればかりでは平衡感覚が喪われる、とでもいうように。
毎日何百人という学生がキャンパスにやってきて、勉強し、議論し、寒くて薄暗いカフェテリアで延々とおしゃべりをする。それは、議論を戦わせたり、女子学生を口説いたり、笑ったりして幻の日常性を保たないと、絶望や狂気に引きずり込まれてしまうからだ。はたから見ると、戦場の子どもたちは日常生活や普通の喜びや悲しみを忘れてしまうだろうと思うかもしれないが、実際はその反対だ。みな執拗に、貪欲に、あらゆる努力を払い、神聖視するほどに「普通の生活」を追い求める。戦争によって普通の生活が奪われるからこそ、それがあまりにも貴重なものに思えて、どうしてもそれが欲しくなる。(p172)
「平和の記憶」は義務という以前に、内部からつきうごかす欲望であることがよくわかる。それも一人のものではなく、チェチェン人ほとんどに共有するものだ。それとここにも記されている「絶望と狂気」だが、すぐあとの記述で検問所や検問官(兵士)に触れられていることに直結する。大学は独立派の拠点として見做されるからでもあるが、身分証明書のたぐいをたえず提示させられて、なにかと難癖をつけられて(単に「いけすかない」というだけで)男子学生の場合連行されることも多いという。検問はチェチェンのいたるところで実施されるようで、検問以外にも、探索によって証拠がなくても不審者とされて連行、拉致されることもよくあることで、腹立たしさを通り越してしまいそうな感情に駆られることもあるのだろう。そこをふんばるのだが、つらいことにちがいない。
逆に「平和ごっこ」ばかりやっても満ち足りない、疲れるとミラーナはいう。そんなときには孤独になって死と向き合う時間を作ることが必要不可欠だと説く。平和を忘れないことも大切だが、それ以上に目の前の現実である戦争と死を避けてとおることをミラーナは潔しとはしない。自分を偽ることを怖れるからだし、自分とは何か、自分と死はどういう関係にあるのかを問い詰めたいのだ。真実の像を立ち上がらせることによって重心をえたいのだ。
母は私の絵を嫌っていた。たしかに見て楽しい絵ではない。どうしても死をテーマにしたものになるからだ。母はグローズヌイに戻ってくるたびに私の留守を見はからって絵をはずしてしまう。そんなわけだから、私にとっては余計に一人でいられる時間が大事だった。普段は母も私も絶望に呑み込まれまいとそれぞれ仮面で武装している。でも一人になれば、その仮面をはずし、自分を解放して思うがままに想像をめぐらせることができる。チェチェン人は自分を抑えて万事順調を装うのが癖になっているのかもしれない。そうせざるをえないからでもあるけれど、でもいつでもそれでは疲れてしまう。(p165)
グローズヌイで一家が借りたアパートは壁が崩れかけていて、裸電球一つの薄暗さだ。だがミラーナは勉強をし、読書をし空想にふけり、絵を描く。それもまた楽しいのだ。「死をテーマ」にした絵がどんなものか、具体的にはわからないが、おそらく死を明示したり暗示したりする内容であることは文面から想像がつく。死をもっと自分に近づけたいのか、それとも死を示しながら死のない世界を模索するのか、わからない。残念ながら絵に関してはこれだけの記述しかなく、もっと突っこんで書いてもらいたい気もする。




