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宮本輝「真夏の犬」「力道山の弟」「五千回の生死」

小説・エッセイ・戯曲
06 /13 2020
  子供は少なくとも学校を卒業しないかぎりは親の庇護のもとで生活することを強いられる。稼ぐ手段を持たないからで、自由もない。庇護されることはありがたいといえばありがたいが、成長するにつれて、親をはじめ周辺の大人の世界が垣間見えてくる。うつくしさもあればいかがわしさもある。未知の扉が少しずつ開かれていく。理解できることもできないことも同時にやってくる。やがてみずからも呑み込まれるであろう大人の世界が醸し出す不安と緊張。
  「真夏の犬」は中学二年生の主人公が、父がうまく経営権を手に入れた中古車の野外倉庫の見張り番をさせられるという話で、夏休み期間中の炎天下である。弁当と水筒を携えてダンプカーの影の部分をえらんで彼は時間の過ぎるのを我慢しようとするが、温度はぐんぐんあがり、ダンプカーの影も小さくなる。ダンプカーの下部に潜り込むが、野良犬が集まって来て怖くなって、彼は弁当をくれてやったり、運転席に移動したりするもののそこも灼熱地獄。父が後日野良犬撃退用のパチンコ(二股になった器具の先端部分にゴムを括り付けて小石を挟んだゴムを後ろにひっぱってその反動で標的を撃つ仕掛け)を用意してくれて、一旦は犬を撃退することができるが……。
  主人公をとりまくこの野外倉庫の描写が具体的で、手に取るようにわかる。そこが美点だ。これだけでも読んだ甲斐があるが、あとは子供から垣間見られる、あるいは一時的に誤解される大人の世界が描かれる。夜間には大学生が同じく見張り番をするが、運転席にはウィスキー便とともに扇子が出てきて、父のものではないかと主人公は疑う。化粧のにおいもほのかにする。さらに通い路でみたことのある若い女性が荷台のうえで死体となって発見される……。風景描写と「事件」とが無理なく繋がっている。
  「力道山の弟」は高架工事中の尼崎駅前でインチキ商売をする香具師の話。昭和三十三年とある。小学五年生の主人公も客の一人で、魅せられる。その頃は力道山が国民的スターとして絶頂期にあった。自称その弟は体格・顔とも見た目が力道山そっくりで、空手チョップでレンガを割ったり、五寸釘を指で曲げてみせたりする。さらに客に交じって彼とグルのサクラがいて「弟」であることを主人公や客に信用させ、「力道粉末」なる怪しげな薬を販売し、主人公も買わされる。さらに以外にも主人公はその「弟」に父の行きつけの麻雀屋で出くわす。のちにこの男が女性関係にルーズであることが判明する……。最近は滅多に見かけなくなったが、わたしも子供時代、香具師の路上販売を多くの子供とともに取り囲んだことがある。細部は忘れたが、指を何本も切断した男が、ガマの油か何かを売っていたような。昭和のなつかしい風物だ。作者宮本輝もいろんな香具師に接したのだろう。
  「五千回の生死」の主人公は大学生。父が事業に失敗し一家はすっからかんになり、彼は友人が年代物のダンヒルのガスライターを欲しがっていたことを思い出す。五万円で買い取らせてくれとせがまれその時は応じなかったが、俄然それを思い出して友人を夜中に訪ねていく。電話(公衆電話)を前もってするに越したことはないが、それをすれば片道の電車賃さえ足りなくなるという窮状だ。大阪市福島区の自宅から電車で堺市までいったものの運悪く友人は家族旅行中で、主人公は徒歩で帰宅しなければならなくなる。十キロ以上はあるだろう行程を国道二十六号線に沿って夜中じゅう歩かなければならない。憔悴と疲労のなか、自転車にのった男が乗せてやるといって声を掛けてくる……。わたしは大阪市に住んでいるから二十六号線はよく知っていて、風景が立ちどころに浮かんでくる。小説を読むうえで土地勘があるのはうれしいことだ。宮本輝の小説は関西を舞台にしたものが多く、通り過ぎた場所も多々あって、あああの辺だなと想像させる。逆に東京の地理にはまったくうとく、地名が表記されても映像が浮かばない。
  その男は変なことを言う。一日に五千回も死んだり生きたりする。今も死にたくなったり生きたくなったりと頻繁に繰り返し思うという。変質者ではないかと疑い、犯罪に巻き込まれるのではないかと怖れながらも主人公は彼の好意に甘えて自転車に乗せてもらう。「死にたくなった」と彼が言ったらあわてて飛び降りるということを何回か繰り返す。それは初めは恐怖であるがしだいに芝居じみてくる。冗談のような本気のような男の言を主人公は理解できないが、また疲労のなか理解しようとまで頭をはたらかせられないが、男のなかにぼんやりとやさしさを想像するようになる。朦朧としたなかでの規格外れにみえる男との束の間の接触。芽生えかけてくる交情。ちょっとした幽玄境にさまよいこんだようで、読者もうっとりさせられる。
  小説だからオチがついている。ここではダンヒルのライターに関してだ。だが、紹介した三篇ともオチがなくても、また忘れても主人公をとりまく風景だけでも十分に愉しめる。最初に記したことが無関係とはいわないが。

  


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コメント

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Re: 土地勘

G・Gさん
文や映像やらではじめてその土地を知るのと、土地をおぼろげながらも知った後で文や映像に接するのとは何かしらちがいますね。「感動」といえば大げさになりますが。東京の「無縁坂」やら「千駄木」やらの地名には、わたしにはコムプレクスがあります。(笑)「泥の河」は1,2冊はさんだあと読むつもりです。

土地勘

確かに土地勘のある無しで、随分作品の印象が違うかもしれませんね。特に、福島とか堺とか尼とか、それぞれ独特の街の匂いのようなものが、多分土地勘のある人には作品を読みながら感じられるでしょう。初期の名作群は映画化されたのも多いのですが、「泥の河」なんか切ないくらい空気感が出てたような気がします。(役者は大阪に縁もゆかりも無い人が殆どでしたが)

seha

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