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森鴎外「鶏」「かのように」

>森鴎外
04 /12 2020
  森鴎外は明治三十二年(1899)三十七歳のとき、陸軍第十二師団軍医部長となって小倉に赴任。このときの借家住まいを始めてからの数か月間の経緯を下敷きにしたのが「鶏」で,季節は梅雨の六月から酷暑の八月まで。主人公の名は石田小介。
  鴎外という人の周りの人々とのつきあい方が知られるところが面白い。とくに庶民階層の人にたいしては概して恬淡で、ときには冷然とした態度をとることがあって、本人としてはそれで十分に自己納得しているようにみえる。下女のばあさんがいる、馬の世話をする「別当」の虎吉がいる。彼らは石田の購入した米などの食料をくすねるのだが、石田は責めたりはせずに、下女なら馘にして別の人を雇って終わり。虎吉ならそれまで食料ごとに石田のと一緒にしていた器をあらたに虎吉に買い与えて別々にするだけで、とくに咎めだてするのでもない。不快感を抑制することに慣れているのだ。また彼らが小悪人でなくても、世間話をし合って交情をつくりたがるような人柄でも石田はない。つきあいにたいしてきわめて消極的だ。軍隊上層部の人間なら冷静さや冷然さは必要なのかもしれないが、それだけに起因するのでもなさそうだ。また、下女にいわせれば石田は吝嗇で馬鹿だ。つまりは食べ物に贅沢をしない、贈り物を決まって返しにやる、人が言った値段を疑うことなしに購入する云々だが、これは石田が欲を節制すること久しいからで、みずしらずからの贈り物を返すのは軍隊規律に基づいたもの、また値段に関しては瑣事にはこだわらないと姿勢と、わたしは解釈した。
  そんな石田だがかつての部下からゆずり受けた鶏をみるのがささやかな楽しみで、みずからも買い、虎吉も買って四匹になりやがて雛をかえす。(鶏も何匹か産み落とした卵も石田は食べたがらず、卵は虎吉にくすねられる)だが鶏が隣の家の畑を荒らしてしまって、上さんが「やかましい声」で猛烈に抗議してくる。かなりの毒舌だが、石田は何も抗弁せずにまた謝りもせずに聞き流すのみで、ここは少し異様さを感じた。
 

 石田は花壇の前に棒のように立って、しゃべる女の方へ真向に向いて、黙って聞いている。顔にはおりおり微笑の影が、風の無い日に木葉が揺らぐように動く外には、何の表情もない。軍服を着て上官の小言を聞いている時と大抵同じ事ではあるが、少し筋肉が弛んでいるだけ違う。微笑の浮かぶのを制せないだけ違う。


  石田には鶏を飼うにさいして隣の畑を荒らすことまでは予想できなかった、という言い訳がある。また上さんの怒り散らす様子が見世物のようで結構面白く、まただまって聴いているうちに相手は言葉がつきて退散するであろうとの予想がある。またわたしが思うところだが、鶏が畑を荒らしたくらい大したことでもないという値踏みもあるのかもしれないが、しかしお詫びの一言くらいあってもいいのかなと首をかしげた。鴎外の下々にたいする接し方の典型例といえようか。
  だがこの短篇、「鶏」と名付けただけあって、その愛くるしさも印象に残る。

   「かのように」は思想的内容が濃密に押し込められている。
  青年秀麿は父五条子爵の財によって学問研究のためにドイツに赴く。滞在中に父子の手紙のやりとりがあって、父は秀麿が危険思想に染まりはしないかと心配するが、賛同するところもある。学問が一般にひらかれ探究がすすむにつれて神や信仰にたいする疑念が生じてきて、無神論や無政府主義が台頭してくる。歴史研究でいえば、神話と事実の積み重ねとしての歴史との分離の欲求である。だが父は、たぶん自分もそれほど本気で先祖の神霊の実在を信じてはいないものの、多数の信仰者やそれにかかわりあうさまざまな儀式や行事をないがしろにする者ではなく、あたかも自分も信じる者として外観は信じるふりをしつつ御先祖の御霊を丁重にあつかう、信仰の姿勢をみせるしかないと思い返す。この点では秀麿と父は一致しているとわたしはみた。
  秀麿によれば、人間が考え出したもろもろの思想・学問はすべて架空のものだ。たとえば点や線は実在しない、あくまでも概念で、点はどんなにちいさくても面積がある。線はどんなに細くても幅がある。しかしそれを前提にしなければ幾何学は成立しない。またそれを一面の基礎とする文明の発展もない。自由や道徳もあまねく存在するかどうかわからないが、それを前提としなければ法律も政治も実現しようがない。記されたとおりではないが、わたしが受け取ればこんなふうになる。つまりは根本のところではそれらを在る「かのように」人は思わなければならないのだ。神や神話にしても在る「かのように」丁重に遇さねばならない。
  帰国した秀麿は懊悩する。高橋義孝の巻末開設も指摘するようにここでは天皇制が射程に入っている。点や線ではなく、天照大神や神武天皇の神話を「無」ではなく「在るかのように」に定義づけすることが念頭にあるようだ。研究論文が構想されている。だが果たして神話を実在とする多くの民衆や思想勢力にその定義づけは受け入れられるだろうか、また父は。日本の神話や天皇制については直截の言及はないが。

  秀麿の心理状態を簡単に説明すれば、無聊に苦しんでいるという外はない。それも何事もすることの出来ない、低い刺激にウ(左に食に似た字、右に幾)えている人の感じる退屈とは違う。内に眠っている事業に圧迫せられるような心持である。潜在力の苦痛である。


    秀麿は父と「妥協」できないかと友人の綾小路に尋ねると「駄目、駄目」と返されて作品は終わる。父への遠慮がありながら秀麿は自説を曲げようとはせずに、父が賛同してくれることを望んだが、友人は虫のいい望みを打ち砕く。父は秀麿に賛同できる部分はあっても、少なくとも秀麿の論文が世に公表されることには及び腰だろう。
  だがこの短篇を書いたことで、鴎外の天皇制(皇室)にたいする見方は、ぼかした形ではあれ、明らかにされた。当時の読者がどれだけ見抜いたかは別の問題だとしても。父と秀麿は微妙な分裂状態でありながら、鴎外の内部では同居している。

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seha

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