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森鴎外「舞姫」「うたかたの記」

>森鴎外
04 /10 2020
  森鴎外は明治十七年(1884)から二十一(1888)年まで陸軍軍医としてドイツに留学している。年齢でいえば二十二歳から二十六歳までで、その間エリスというドイツ人女性と親しくなり、その交際を題材にして書かれたのが「舞姫」で、帰国二年後の明治二十三年に発表された。
  本書においてはわずか三十頁足らずの分量だが、文語体で、切迫感が最後まで持続する。寺の門にもたれかかって泣いている少女と巡り合った主人公は、父の葬式代を払うことがままならず、母や踊り子として雇われている劇場の「座頭」の冷酷なすすめに窮する。おそらくは身体を売れということで少女は当然それをはげしく嫌がる。若い主人公はいたく同情するとともに、少女の美さに惹かれて、懐中にあるわずかの金銭と時計を少女に渡し、それから少女エリス(前記した女生と同名)との交際がはじまる。

  年は十六七なるべし。被りし巾(きれ)を洩れたる髪の色は、薄きこがね色にて、着たる衣は垢つき汚れたりとも見えず。我足音に驚かされてかへりみたる面、余に詩人の筆なければこれを写すべきもあらず。この青く清らにて物問ひたげに愁を含める目の、半ば露を宿せる長き睫毛に掩はれたるは、何故に一顧したるのみにて、用心深き我心の底までは徹したるか。

 

 彼(か)は優れて美なり。乳(ち)の如き色の顔は燈火に映じて微紅(うすくれない)を潮(さ)したり。手足の繊(かぼそ)くタオヤカ(上に島に似た字、下に衣)なるは、貧家の女(をみな)に似ず。


  このように主人公はエリスの美貌に全面的に引き込まれていき、さらに以後の交際においても、エリスのこれ以上ないような十二分の愛情表現にささえられる。主人公が気後れするくらいに、だ。
  エリスと出会う前段になっているのが主人公のドイツで生活してからの心変わり。主人公は医者ではなく、某官庁から政治や法律の調査のため派遣された身分であったが、しだいに文学や歴史の方面に勉学の興味が移っていく。彼はとびぬけた秀才のようで、親や周囲の勧めるままに何の疑いもなく勉学に励んできて、彼らの期待を一身に背負うに足る存在となりえた。だがどうやら自分は政治家や法律家(例えば検事)にほんとうになりたい気があるのか、そうではない。専門領域の勉学にいそしむ以外の外部に眼を向けはじめ、独立心が芽生えてくるのだ。そこへ訪れたエリスとの交際は降ってわいたような幸福であるとともに主人公の気魄をためす「未知」ともなる。
  やがてエリスとの交際(同棲)が知られて主人公は公使館から馘首され、ただちの帰国を命じられる。旅費は支給するが、もしそのままドイツにとどまるならば給金は出さないという。彼は踏ん張ってとどまるが、途方に暮れていたところ、友人の相沢謙吉にドイツ在の日本の新聞社への就職を斡旋される。さらには同じく相沢の紹介で、ベルリンに来た某大臣の天方(あまがた)伯に付き添う通訳にも抜擢される。主人公にとっては相沢も天方も恩人にちがいなく、彼等らの勧めには正面切って反撥することができず、帰国要請にたいしても肯うほかない。当然彼は、自身のふがいなさ、優柔不断を責めさいなむことかぎりなく、また彼の帰国を知ったエリスも狂気の様相で彼を責め詰ってやまない。「嗚呼、相沢謙吉が如き良友は世にまた得がたかるべし。されど我脳裡に一点の彼を憎むこころ今日まで残れりけり。」これが結び文句。
  主人公は鴎外自身がモデルとされているとみるが、相沢もまた鴎外の分身ではないか。煩悶はあったにちがいないにしても鴎外はエリートコースを捨てなかった。
  「うたかたの記」も「舞姫」と同じくドイツが舞台で文語文で書かれているが後者ほどの切迫感はない。巨勢(こせ)という画家が忘れがたい少女と何年ぶりかで酒場で出会い、交際がはじまる。マリイというその少女は、今はモデルをしているが、以前は菫売りをしていた。巨勢もいた酒場にきて商売をしようとしたところ、客の連れていた犬に花を台無しにされて店を出て行った。巨勢は少女の後を追い、金銭をあたえた。巨勢は「舞姫」の主人公と同じく、同情とともに少女のもつ美貌につよく惹かれてのことで、その面影を絵のなかに再現しようとしていた。少女もまた巨勢の恩を忘れることはないなかでの再会だった。
  マリイは自身の数奇な運命について巨勢に語る。母は国王ルードビィヒ二世の夜会に父とともに招かれたところ、国王に襲われそうになってそれをみた父が留めに入った。だがそれがきっかけになったのか父母とも病んでまもなく死亡した。マリイはそののち養女になったり小間使いになったりと転々とし、やがて絵のモデルとなる。生活力があり、年長の巨勢をデートに誘うなど、たくましさをもつ女性として鴎外はマリイを描く。最後にはスタルンベルヒという湖で、巨勢とともに乗ったボートで、偶然にも国王と再会する場面がある。はたしてマリイは国王を途方もなくおそれたのか、父母の死という地獄絵図がよみがえって圧倒されたのか、それは雄々しいはずのマリイのもしかしてあるのかもしれない国王にたいする憎しみを上回ったのか……。
  巨勢の存在が最後には霞んでしまうほどの女性讃歌である。「舞姫」にも側面として共通するものがある。


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seha

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