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水上勉『五番町夕霧楼』

小説・エッセイ・戯曲
09 /15 2019
  十九歳の少女夕子が京都は西陣の五番町の遊郭「夕霧楼」に身を置くことを決心する。
  夕子は四人姉妹の長女で、母は肺病を患っていて入院費がかさみ、父も衰弱している。家計が成り立たない。そこで父がたまたま「夕霧楼」の主人の伊作を見舞いに訪れていた女将のかつ枝に夕子の面倒を見てくれるよう懇願する。そこは日本海に面した小さな農村で、伊作の故郷でもあり、伊作は京都から離れて隠棲していた。
  かつ枝は夕子に同情し、夕子の美しさにも惹かれて引き受ける。以前のように借金漬けにして娼妓の稼ぎを大部分奪い取る経営方針ではないことを言い聞かせて父を安心させる。
  以後は夕子の身を心配しながら心配りを怠らないかつ枝と、「夕霧楼」の古い客である西陣帯の問屋の社長・竹末との両者の視線をもっぱらにして夕子が描かれる。竹末はかつ枝の勧めもあって夕子の「水揚げ」を引き受ける。夕子の肉体に魅せられた竹末はやがては夕子を二号にしようとの願望にとりつかれる。「犯人像」を作者が直接描かないで、刑事や探究者の推理や詮索によって読者に気を持たせながら語らせるミステリーの手法がもちいられているといえようか。それにかつ枝と竹末のやりとりは当然ながら京都弁で、その上品ながらねっとりした語り口は独特であり、その地の空気を感じさせる。
  櫟田という若い男が「時間花」(泊りではなく、所定の時間娼妓と過ごす)でたびたび夕子の元に通ってくるところから物語が転回する。櫟田は名刹「鳳閣寺」の修行僧で大学生。また夕子の幼馴染でもあり「どもり」のためどんな場所でもいじめに遭い周囲に打ち解けられないという息苦しい運命にある。その境遇を痛いほど知り尽くしているのが夕子であり、同情し、愛情を注ぐ。だが櫟田は寺の修行に身を入れなくなり不良になっていく。かつ枝は夕子の櫟田とのつきあいが不安で不満でもあり、竹末に夕子を二号にしてもらうことを急ごうとする。竹末も嫉妬して櫟田の身辺調査をする……。櫟田の人物像もまた夕子やかつ枝や竹末の語りによって描かれる。
  かつ枝や竹末がたっぷり描かれるので身近に感じることができるが、肝心の夕子や櫟田が貧困の家庭や「どもり」という要因に依拠し過ぎていて、それ以上の踏み込みがあまりなく、やや線が細いのではないか。それでも幼馴染の時代につちかわれた相互の愛情の強固さは印象にのこった。

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seha

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