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黒岩重吾『飛田ホテル』(2)
2019 / 08 / 04 ( Sun )
  黒岩重伍は若い頃、天王寺・釜ヶ崎地域に棲んだことがあるそうで、そこでの体験や見聞が作品に生かされている。下層の人々の生態が、こんなことが本当にあるのかという具合に読者をあきれさせ、同時に、そこで精一杯に生きて、脱出願望を実現させようとする特に若い女性の執念が、通俗性をまじえて描かれる。
  「隠花の露」は典型的な篇。子供は親を選べない。周囲の環境もふくめてそうだから親の影響を好かれ悪しかれ被る。成長するにつれて親への反発心が芽生えてくるものの、子供ならどうしても親の庇護を受けなければ生きていけない。そこがジレンマだ。縁子は、母・清美の愛人であるタクシー運転手の佐村が昼間アパートを訪ねてくると、隣室へ移動しなければならない。清美が肉体を売ることによって一家の生活がかろうじて成り立っていることを縁子は知っている。そこは安アパートの一室で、アパートの住民が清美のあからさまな声によって集まってくるので、縁子はトランジスタラジオのボリュームを上げさるをえず、廊下を見張ることもする。縁子には恵美子という姉がいて、中学を出ると男をつくって家を離れるが、男と別れたときには家に戻ってきて、男ができればまた出ていくという繰り返し。そんな姉妹と関わるのがアパートの大家の種村で、なんとコールガール組織の元締めをかねていて、姉妹に声をかけて客を紹介するのだ。こんなことが実際にあるのか、と疑いたくなるが、やくざ組織がしきる売春よりも比較的自由でいられるという。
  縁子は工場や喫茶店勤めもするが、家に金を入れなければならないので足りず、種村の誘いに乗ってしまう。売春に抵抗感がないことが姉妹の特徴のようだが、縁子は男やセックスが格別好きということもなく、どうやら結婚資金をためるための身近な手段でもあるらしい。恵美子のほうが先に堅気の工員との結婚を実現するのだが……。
  「虹の十字架」は前半が「隠花の露」と類似していて、ヒロイン浅香の継母の康江は「隠花」の清美とまったく同じく男狂いで、アパートに男を頻繁に引き摺りこむ。しかも夏の盛りには浅香に「五百匁(1875グラム)の氷」を買わせてきて、セックスの最中も部屋に居させ、ことが終わった後氷水にひたしたタオルで二人の身体をすみずみまで拭かせる。このときにかぎって康江は浅香に異常なまでに暴力的になって、浅香を従わせる。康江は浅香が二人から目を離すことをさせない。「何時か浅香は、汗が眼に入っても、まばたきをしないようになっていた。放心したような霞んだ眼を一点に据えている。」これも本当かいなと疑わせなくもないが、迫真性はある。浅香にたいしては直接の心理描写ではなく、こうした外側からの印象で描かれ、以後も黒岩は主にこの手法で浅香を追う。浅香は他人とのつながりをもとめることにかけては一途で、その分、成長するにつれて失意も味あわされる。浅香は浮浪児で継父の印刷工・弥吉に拾われた。弥吉は真面目で勤勉一辺倒で浅香を可愛がったが、その反面康江の行動を勘付いてはいたものの別れることはなく過ぎる。その理由はわからないが、康江が急死してから浅香の風景はがらり変わる。弥吉との関係は良好で、読者からみればツキがまわってきたとみえるが浅香にとっては虚ろさを引きずることに変わりは無かったようにもみえる。結婚にもまして、人からの愛情に飢えた女性の像が浮かびあがる。
  「女蛭」は唯一下層民の話ではない。女性の一人の男性に対する薄気味悪い執念が描かれる。百貨店部長の国本は同社会長の娘と結婚しており、順調にいけばさらに出世しそうな勢いだ。だが、愛人の君子が殺害されたことで身辺があわただしくなる。
  堂本しのぶという女性が怖ろしい。国本が独身時代に愛人であった同社の女で、彼の結婚を期にして別れることになった。しのぶは別れには同意したが、以後愛人をつくらないこととと、自身が会社に務めつづけることを国本に約束させた。十五年前のことで、いまだにしのぶは会社に居て、以後男関係は無く独身の身で国本を監視しつづける。社員数が多く、同じ部署ではないが情報収集くらいはできるだろう。わたしからすれば、そんな約束なんてどうでもよく、さっさと結婚するならして自らの幸せを掴むべきではないかと突っ込みを入れたくなる。だがこの女は国本を監視することが、「正しい道」を国本が歩むのを見届けることが生きがいとまで云うのだ。かなわないな、こういう人居るんだ。理解できない。いびつ化した愛情というべきか。読者の予想どおりに彼女は君子殺害の件に噛んでくる。




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