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大洋ボート

黒岩重吾『飛田ホテル』(1)

  1958年から64年にかけて発表された短編6篇が収められている。黒岩重伍は何冊か読んだことがあるが、これは今回がはじめて。
  高度成長の時代で、貧乏から人々が脱出しようとして忙しい思いをしていたであろうわたしにとっても懐かしい頃だ。下層民、あるいは「どん底」とよばれる階層の人々が多く登場するが、その位置に諦め半分に停滞する人も居て個性的に描かれるものの、むしろ若い女性のはげしい脱出・上昇志向に焦点がしぼられて、一見その謎めいた行動が軸となって話が展開する。ミステリーだからいずれの篇も犯罪に行きつくが、一方では、中心にいる女性にたいしてその周辺にいる疎遠とはいえない人がからんでくる。その人固有の身近にいる人々への関心や興味や嫉妬、それが高じた抑えられない憎しみが因となって行動が惹起され、悲劇が起る。だれもが心当たりがあるであろう、特定の芸能人に対しての異常なまでの関心を示す人(女性に多い)がいるが、そういうタイプの人を思いだしてもらいたい。重要人物として不可欠な存在となっている。わたしにはその異常さは理解不能だが、だからこれは貧乏脱出にかぎったことではなく、犯罪にかぎったことでもなく、わたしたちの日常の周辺に嗅ぐことのできる要素が含まれている。女性の上昇志向はいにしえからつづく古典的心性というべきか。またその上昇志向には、鬼畜のような親と同居しなければならなかった子供時代のいびつな家庭環境への積もり積もった復讐の念が梃になる篇もある。
  「飛田ホテル」の舞台は大阪市天王寺付近の飛田というところに立つボロアパート。4畳半一間の部屋でおそらくトイレは共同で風呂などない。饐えた匂いがして入り口の履物入れには窃盗予防のため何も置いていないという按配。(こういうアパートは今でも探せばあるだろう、絶滅はしていない)堅気の人も居れば、娼婦、ポン引き、博打打などいかがわしい「どん底」の人も棲んでいる。家賃は安く、「飛田ホテル」は人々がつけた通称。そこへ傷害事件を起こして服役していた有池一が帰ってくる。だが彼を待っているはずの浪江がいない。数日前に失踪したことを有池と親しい人々から知らされる。やくざから足を洗って彼女と新生活をおくるつもりだった有池は落胆する暇も無く、独自で浪江の探索を開始する……。
  アパートには娼婦の仙子や律子がいる。仙子は有池にちんぴらから守ってもらったことがあり、律子は有池と肉体関係を持ったこともあって二人とも有池に好意を抱いており、できれば有池と浪江の仲をひき裂いて有池を奪いたいという野心がないでもない。またアルサロ勤めをしていた浪江にしつこくつきまとう香本という若い男がいる。一方的に現金を送り付けてついに浪江と関係をもち、さらにそのあとも浪江の尾行をつづけ、「飛田ホテル」をつきとめる。浪江は個人的にひそかに売春もやっていたのだ。香本が浪江を誘拐、あるいは殺害したのかという疑いをもって有池は香本と対面する。だが浪江の尾行をしていたのは香本一人ではないことがわかる。浪江のあらさがしを躍起になってしていた人物がいるのだ。
その人物の浪江の「不正」を憎む心は普通ではない。香本の浪江がいかに好きか、素晴らしい女かというあけすけで下品な告白、金で情報をあっさり売ってしまうポン引きの哀れさなども印象にのこる。
  「港町神戸に、唖の売春婦たちが集る、或る中華飯店があった。」これが「くちなしの女たち」の書き出しである。実際にそんな店が当時あったかどうかは、無論わたしにはわからない。密輸など国際犯罪が跋扈する、警察も容易に全容がつかめない地域のなかにその店があるといい、不良外国人や邦人のちんぴらや愚連隊(今や死語?)が多く出入りする。唖者の女は自由恋愛をたてまえとするため客の立場でカウンターに座って男性客と筆談!で交渉する。美人が多い。保険外交員の古多木がそこを訪ねる。長男で障害者(足が不自由)の良男がその店の横の路地で何者かに撲殺されたからである。警察によると、良男は何度かその店に行ったことが判明しており、進まない警察の捜査に業を煮やして古多木自らにわか探偵となって、実際に買春もして情報収集をこころみる。
  ここにも世の「落伍者」を自認せざるをえない唖者の女たちの上昇志向がある。唖だってちぢこまることはない、恋愛だってセックスだって奔放に実行して伸び伸び生きようというような。だが彼女たちも「もっと上」の幸福があることを知って、地団太を踏み、嫉妬の炎を燃やす。古多木の捜査は良男の下宿先を訪ねて遺されたノートを手に入れ、聾唖学校の教師へ、さらに良男と仲の良かった唖者の女性へとたどり着く。だがその女は例の店の「客」ではなかった。
  古多木と売春する女の性的描写がねちっこく、作者にとっては大事と見なされる通俗志向がいかんなく発揮されるが、今日ほどの露骨さはないというべきか。


  




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