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三浦しおん『まほろ駅前多田便利軒』

まほろ駅前多田便利軒 まほろ駅前多田便利軒
三浦 しをん (2006/03)
文藝春秋

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 多田啓介は東京都まほろ市で便利屋を開業している。犬の預かりや、親族に代わっての入院中の老婆の見舞い、小学生の塾への送り迎えなど、何でもしなくてはならない。そんな彼が正月早々、高校の同級生だった行天晴彦と市内のバス停で思いがけず再会してしまう。行天は住む場所を無くしたうえ、無一文だった。ついてくる行天を押し返すことができず、多田は数日間の宿泊くらいのつもりで自宅に泊めてやるが、行天はそのまま居着いてしまって、便利屋の手伝いをすることになる。もっとも、行天は高校時代無口な男で、多田は彼とは一言も話したことがなく、友人といえる間柄ではなかった。そんな彼が何故行天の世話をするのも同様のあつかいをあえてするのか、読み進むにつれて明らかになる。少し言えば、行天は高校時代、工芸室でカッターを操作している最中に小指を切断した。ふざけて暴れていた生徒があやまって身体をぶつけたからだが、多田もそこに居合わせた。幸いにも小指は縫合することができたが、多田はずっと秘密にしていたことがあった。つまり行天に対する負い目だ……。

 その一件も大いに関係するものの、これは正常な家族をつくれない者たちの物語だ。大人がそうならば、その影響はじかに子供に及んでくる。また、家族の正常性という基準に無自覚であるならば、本人(親の場合もある)は痛痒を感じないであろうし、子供も生まれたときからそういう家庭環境ならば、正常性に無自覚でありつづけるだろう。たとえば、親に放任されて体よく塾通いをさせられる子供は、麻薬の運び屋をしてしまう。別の章では親にもっとひどいあつかいを受ける子供がいる。耐えきれなくなって事件を起こしてしまうのだが……。他にも駅前で客引きをする娼婦や、彼女らを管理するヤクザなどが登場する。こういう出来事のかずかずを、読者は「正常性」の幻想を基準にして読み進んで行く。

 だがそれだけではない。主人公の多田も「助手」の行天もともにバツイチであり、正常な家庭を築くことができなかったという苦い思いを引きずっている。(多田は子供を亡くしてしまってさえいる)パートナーの女性が裏切った。または、一風変わった人となりで独特の生活感の持ち主であり、ということだが、原因を一方的にパートナーに押しつけることはなく、とくに多田には過去の自分の至らなさにこだわっている。求めることを相手が裏切った場合、なお信頼をゆるぎないものとして持続させていけるのか、という問題意識だ。その点、人間はおもわず弱さを露呈させてしまうもので、多田は復讐心から自由ではなかった。この弱さが、多田から「正常」な家族の維持を奪ってしまう。原因はそれだけでもないだろうが、少なくとも多田自身は自責によってそうふりかえる。行天の方は、元妻からひどいあつかい方をされたが、詳述を避ける。この部分もかなりおもしろい。

 

多田と行天は、たぶん似たような空虚を抱えている。それはいつも胸のうちにあって、二度と取り返しのつかないこと、得られなかったこと、失ったことをよみがえらせては、暴力の牙を剥こうと狙っている。だが、そちら側には行くなと凪子は言う。行ってはならないと。
 あの夜、あのバス停で俺と会ったことで、行天はなにか変わったのだろうか。そうは思えない。深い深い暗闇に潜ったことのある魂、潜らざるをえなかった魂が、再び救われる日が来るとは、多田には思えなかった。(p192、凪子は行天の元妻)


 私たちもまた毎日、家族の「正常性」の営みに参加している。平穏な日々がつづけばそれは楽な所作に見えるが、一旦厄介事に見舞われたとき「正常」を支えるべき忍耐や信頼を私たちもまた試される。そしてまた、過去にまつわる怨念にも私たちは身に覚えがある。その怨念を見極めるためには、それを何回も引き寄せては、想像の中でさらに徹底して自己同化してしまう、ということも避けられない。そこを通過することによってしか、怨念は客観化できないのではないか。その客観化の度合いによって私たちの現在的な「正常性」もまた試される、ということだろう。
 
 この小説、文体は平易であるが、なかなか読み進めなかった。作者が多田や行天をとおして、真面目な部分に対して距離を取ろうとするのだが、その取り方に馴染めなかったのか。真面目さに対置されるぐうたらさ、まほろ市が醸し出す風俗の細部への目配り、などが私には平板に感じられた。

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