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菊池寛「藤十郎の恋」「ある恋の話」
2018 / 09 / 08 ( Sat )
  恋愛ともいえない恋愛、恋愛感情の形成やあるいはその持続のみを目的として相手に接するが、それ以上には意図的に進展させない、つまり、性交や同居、結婚などには至らない、そういう特異な男女の恋愛関係が描かれるのが「藤十郎の恋」「ある恋の話」の二篇。恋愛だから対の二人は同時的にその感情を上昇させるものの、二人のうちの一人はその感情の完成だけに満足してしまい、そこに留まる。拒絶するのに等しい。相手にたいしては冷酷このうえない仕打ちで、相手はせっかく燃え上がらせた感情の行き場をうしない、悲嘆に暮れる。
  「藤十郎の恋」は元禄時代を代表する上方の歌舞伎役者といわれる坂田藤十郎(1647~1709年〔正保四~宝永六〕)に題材をとっている。京都や大阪で第一人者としての人気を保っていた藤十郎だが、江戸からやってきた中村七三郎の舞台が好評で、その地位を脅かされる。かねがね自分の芝居に飽き足らなさを抱いていた藤十郎でもあったので、新しい演目を近松門左衛門に依頼する。だが出来上がった本は不義密通を主題とするもので、藤十郎は密夫(みそかお=間男)を演じなければならず、それまで演じたことのない役柄であった。女性を相手にした芝居は「傾城(けいせい)買」と呼ばれる遊女が登場するものが主で、「密夫」のヒントにはなりえない。また藤十郎は女性関係は豊富であったが、不義密通の体験はなく、むしろその品行を自慢のたねにするくらいであった。屈託に沈む藤十郎であったが、不意にその演技開眼の機会に逢着する。 
  宗清(むねせい)という茶屋で舞台の一座で宴会を開いていたときのこと。呑み疲れた藤十郎は宗清の広い敷地のなか離れ座敷にたどりつき休息しようとする。そこへ宗清の主人の女房であるお梶が偶然に入ってくる。お梶は十代の独身の頃「歌妓(うたいめ)」で、評判の美人で、芸能仲間の藤十郎とも交流があり、茶屋の女将であるため今もそれはつづいている。また容色の衰えもない。愛想よく二言三言声を掛け、藤十郎に夜着をかけて立ち去ろうとするお梶を藤十郎は呼び止める。密夫の演技プランに悩んでいた彼にとってお梶の「人妻」というそれまで抑制していた類いの女性が、たいへんな魅力をともなってみえてきて藤十郎に迫ってくる。彼はにわかに恋心を抱こうとするのか。だがここで藤十郎にさらに転換が起る。密夫の芝居をお梶に向って本気でなすのだ。 

その刹那である。藤十郎の心にある悪魔的な思付きがムラムラと湧いてきた。それは恋ではなかった。それは烈しい慾情ではなかった。それは、恐ろしいほど冷たい理性の思付きであった。恋の場合にはかなり臆病であった藤十郎は、あたかも別人のように、先刻の興奮は、丸きり嘘であったかのように、冷静に、
「お梶どの、ちと待たせられい」と、呼び止めた。


  藤十郎は二十年来秘めていたお梶への恋心を必死の形相で一気にまくたて、吐露する。だがそれは虚偽であり芝居に過ぎないのだが、芝居という土台のうえで真実にかぎりなく近づこうとするのが役者の業である。藤十郎はお梶に告白しながら芝居の出来が手ごたえがどれほどのものか、自分を冷静に点検するのだろう。また芝居がお梶の深部にまでとどくものか、お梶の反応をも観察するのだ。したがって芝居の完成度に藤十郎が満足すれば、それ以上に踏みこむ必要はない。芝居のための芝居であって、実際の不義密通をあえてなすこともない、ということになる。藤十郎の告白を真実として受け取ったお梶は衝撃的な最期をとげる。
  藤十郎の新作舞台は、お梶にまつわるスキャンダルもあって大当たりする。また藤十郎はお梶の最期に深手を負ったことで、その芸に<罪深い男の苦悩を、ありありと刻んで>ますます磨きがかけられたとある。
  解説によれば、」菊池寛は坂田藤十郎の言行録に刺激を受けてこれを執筆したとある。藤十郎の冷酷さを憎み、相手の女性に同情したようだ。それに反論するのではないが、恋愛における行き違いは小さな事象なら誰でも思い当たるのではないか。ただ取材に刺激されただけではなく、菊池自身の恋愛体験のいくばくかが反映されているのではないかと、わたしは思うところである。
  「ある恋の話」も真の恋愛にはつながらない恋愛感情を主題とする。だまされる側とだます側として二者をわければ、前者があきらかに気の毒である。だが後者がわたしは最初からそのつもりだった、嘘はつかなかったと言われれば引き下がらざるをえないのかもしれない。藤十郎は言葉でもって明確に嘘を語ったが、この篇の主人公はそうではなく、ただ相手がやむなく誤解したという以上ではない。この主人公の「恋愛ではない恋愛」のほうが、どっしりして安定感がある。
  語り手の妻の祖母が彼に昔話を打ち明けるという形式になっている。分限者の商人の家で育った祖母は「蔵前小町」と評判されるほどの美貌の持ち主であったが、家運が傾き、莫大な借金を背負った親による「政略結婚」によって、後妻をさがしていた同じく分限者の商人に嫁がされる。彼は三十歳の年上であり、祖母よりも年長の子供もいて馴染めない。だが一年後に夫は死去し、祖母は生まれたての娘を連れて離縁する。以後、祖母は再婚話をことごとく退けて生涯独身をとおす。
    祖母の唯一の楽しみは芝居見物。染之助という歌舞伎役者にぞっこんになる。彼は家柄もなく人気もない役者で、表情や所作が「質素」で「普通の人」と変わらないが、そこがかえって祖母の恋心に火を着けた。幼い娘の手をひいて毎日のように小屋通いをする。しかし日常の染之助を偶然目にしたとき、たちまち恋心は冷めてしまう。浅草仲見世の「水茶屋」に入る彼をみたときの印象は<役者らしい伊達なところは少しもな>く、美しく凛々しい<舞台の上の染之助とは、似ても似つかぬほど、卑しくて下品で、見ていられないのですよ。>という痛いほどの落胆を抱かされるものだった。そのときの染之助は、遊び人に誘われて賭場に行こうとしていたのでもある。今でもかまびすしく報じられることがあるが、俳優の発散するイメージとプライベートにおける品行との落差の問題だ。不祥事を起こさないまでも、その落差を知ってファンから降りる人も多いだろう。祖母なる女性も最初はそのつもりだったが、やがて祖母は染之助の像を二分して、役者としての染之助に以後も入れあげつづけるという処し方に落ち着く。祖母の語りによる彼のこの「落差」はそれほど鮮明に描かれてはいないが、祖母の選択はきわめて自然に映る。
  祖母はそのころまだ二十代半ばであり、小町と謳われただけに十分うつくしく、毎日のように小屋に通ってくる祖母に、染之助のほうが恋してしまい面会を申し込むが、祖母はにべもなく断る。ただ一度だけ、江戸を離れることになったさい染之介はやっとのことで祖母に会うことができるが、祖母の気持は動かない。その直前、未練たらたらの手紙を祖母に送る染之助。ふられる≒だまされるほうの反応は「藤十郎の恋」の女性とあまりにも対照的である。
  この女性にあてはめるつもりはないが、禁欲を前提とする恋愛や憧れは、男性よりも女性のほうがより長く安定して持続するものなのかもしれない。


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