大洋ボート

柴崎友香『その街の今は』

その街の今は その街の今は
柴崎 友香 (2006/09/28)
新潮社

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 「歌ちゃん」と呼ばれる二八歳の女性が主人公。以前勤めていた会社が倒産して小さな飲食店でアルバイトをして食いつないでいる。その店「シュガーキューブ」は大阪の東心斎橋にある。私は大阪の人間だから少しは知っているが、その一帯はビジネス街と大小の飲食店、売店が混在しているところだ。道路が狭いわりに人や車の行き交いが多い。駐輪自転車も多く、活気がある。すぐ近くには心斎橋筋や大丸、そごう百貨店など商業施設もあり、大阪の中心地といっていい。主人公はこの街一帯に愛着をもっていて仕事に遊びに精を出す。小説はそんなせせこましさや、職業や人間関係にもからむあわただしさ、多くの人が発散する活気、風俗、つぎつぎに壊されては建て替えられていく建築物など街の外観等々が、主人公歌ちゃんの一人称形式で丹念に描きこまれる。

 主人公はまた、大阪の街の古い写真が好きで蒐集している。そこに彼女は趣味という以上に思い入れを込める。大丸は今も昔も変わらぬ外観だが、ほとんどの建物は消えてしまって現在の新しいものに建て替わっている。そして昔同じ大阪の街に住んでいたりたまたま来訪した人々が写っている。主人公はそういう写真のなかの昔の街と今の街を、何度も何度も往還する。往還することによって何かしらゆったりした時間が生まれるのを自覚する。特にそれが何かの役に立つということもないが、「自分」というものの幅を広げる作用がある。幸福感さえにじみ出してくる。写真のなかの街と今の街はわずかに同じものを残すが、様子はまったくちがう。しかし「同じ場所」である。写真の人々と自分は赤の他人だが、人々の未来を今の自分が生きている気がする。あるいは逆に自分の未来の姿ででもあるかのように人々が映る。古い写真はこのように、漠然とはしているものの執着を断ちがたいいわば大きな一体感を主人公に与えてくれるのだ。虚構といってしまえばそれまでだが、このふっくらとした感情は主人公に自信を与え、彼女をやさしくする。そしてまた古い写真にまつわるそういう時間が、現在の時間のあわただしさと二重になるのだ。現在が嫌いだからではなく、現在だけのたよりなさ、かぼそさ、不安、そういった感情の貧しさのようなものに息吹を与えるものとして、古い写真はある。

 「歌ちゃん」の友達づきあいは受身に見える。だがそうではなく友人が根本的には好きだからだ。そこにはわずかに諦めがあるように思える。それは友人とはいっても、こちらから選び取るものではなく偶然によって与えられるものだという謙虚さと重なっている。それならば与えられた友人との時間を大切にしようという思いが占める。異性に関心いっぱいの彼女たちは何回も合コンをする。歌ちゃんもついていく。だがメムバーの誰もが恋人づきあいに発展するような相手にはめぐり会うことができない。表面は華やかでも空疎な時間を彼女たちはもてあます。そして歌ちゃんのボーイフレンドは意外なところから出現する。歌ちゃんはまた、以前不倫関係にあった男とも淡い交際をつづける。一見して女性に持てそうなタイプだが、そんなタイプだからこそ歌ちゃんはあこがれる……。

 主人公の感情表現はもの足りないくらいだ。だが、恋愛とはそこに流れる時間を大事にすること、自分から断ち切らないことによって継続するのだし、その結末も予想外に早くやってくるが、それを押し返そうとしないこと、勿体ぶらないこと、素直になることを主人公は選び取る。異性関係といい、友人づきあいといい、仕事といい、せわしない時間がいっぱい詰まっている。だが、それらに不平不満はあるものの、根本的な次元で好きならばそこに流れる時間を選び取るしかない。大げさではなく、それは運命といえる。異性と結ばれたとすると時間もまた変わるのだろう。それに対して怖れはあるものの根本的には受け入れる。そんな大人にふさわしい覚悟も歌ちゃんから透けて見える気がする。

「そらそうやけど。なんていうか、自分が今歩いているここを、昔もあるいてた人がおるってことを実感したいねん。どんな人が、ここの道を歩いてたんか、知りたいっていうたらええんかな? 自分がいるとこと、写真のそこがつながっているって言うか……。だんだんなに言うてるんかわからんようになってきたけど」
 言葉を選んで言っているつもりなのに、写真を見た瞬間のあの実感を説明するのには全然たりなかった。最初に空中写真で焼け跡の心斎橋を覗き込んだときの、あの感じ。何とかして、あの感じやそれ以上の感覚をもたらすものに出会えないかと思って、私は写真や映像を見ている。(p116)

 
 だが歌ちゃんは出会ってしまう。あらたな写真や映像ではなく、実際の街の景物のなかにそれを発見する。本の裏側の表紙帯に書かれているので詳述しないが、写真で見た光景のモノクロが見事に色彩を付与されて出現するのだ。詩人がよく、詩と詩でないものという言い方をするが、主人公は詩に出会い、確立された詩のイメージと感情を獲得してしまう、そんな瞬間である。そしてこの直後読者は小説を読み終わるのである。
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