大洋ボート

桐野夏生『夜の谷を行く』

  西田啓子は元連合赤軍のメンバーの女性で、六〇歳代。何年間かの刑務所生活を経たのち、学習塾をひらいて生計を立てていたが、現在は無職。独身で一人のアパート暮らしで、スポーツジムに通ったり、図書館で本を借りたりが楽しみのひっそりした生活をしている。だが法的制裁の期間を終えたとはいうものの、その痕跡はいまだに周囲に影を落とす。両親が早死にしたことや、妹夫婦が離婚に至ったことも啓子の経歴が原因であるらしいし、妹の娘・佳絵が結婚にさいして啓子からはじめてそのことを打ち明けられて、佳絵からまたしても非難される。啓子が結婚式に出席すべきかどうか、妹や娘と啓子とのあいだで確執が起る。時は二〇一一年。東日本大震災の年であり、また啓子にとっては関わりがあった連合赤軍最高幹部の永田洋子が獄中で病死した報も舞い込んできた年でもある。
  重大犯罪に関わったことを特に身内はいくら歳月を経ようとも忘れてくれない。憔悴を引き摺ったり、思い出したように怨嗟を投げかけてきていつまでたっても和解できない。世にはこういう例は多いのだろう。本人は寧ろ、自分の生を支えようとするのだから、後悔や自己卑下ばかりしていられない。事件の深部をくりかえし見据えつつ、疚しさばかりではなく、わずかばかりであってもそこに真水のような清純さを見出そうとするのではないか。厳しい批判に正面切って反論するということではなく、批判を甘受しつつも、全面的に否定の底に沈められたくはないという思いだ。死刑囚にだって生きたいという思いはあるだろう。生への欲求が、過去に向って一滴の真水をもとめる。理解してもらいたいのではなく、無理解の広がりのなかで、ひっそりとした孤独の生活において根気よく、それを追求していくしかない。逆に「言語化できない」という啓子のセリフがあるように、過去を安直に語ることも勿論、慎まなければならず容易な営為ではないのだが。桐野夏生は啓子を、そういう志を持った人(女性)として描いたと読め、わたしは好感をもった。
  居所を隠していたつもりだったが、熊谷という昔の仲間から電話連絡が入る。フリーライターの古市なる人物も啓子に接触をこころみてくる。「永田洋子を偲んで送る会」なる催しへの参加を熊谷から懇請されるが、啓子は断る。啓子は森恒夫や永田やらまた他のメンバーを、一部の人を除いて、ことごとく不信感があって嫌っているようだ。自分の思いを容易に「言語化できない」という思いがあるのだろうし、昔の仲間とはいえ、他人の意見を押し付けられるのも、共同行動への参加を要請されるのも拒絶するようだ。山岳アジトには参加しなかったものの事実婚相手だった久間とも再会する。啓子は左翼もふくめた一般的な批判に迎合する手紙を刑務所に送ってきた久間を許す気はなく、冷酷だ。妹が啓子を許さないのに対応するかのように。だが下半身に障害を負った久間にたいしては同情的で、一時のデートをし、しだいに心がほぐれていくかのようで、この部分も共感できた。
  古市によって昔の仲間の消息が知らされる。多くの人が名前を変えてひっそり暮らしている。なかには自殺した人もいる。啓子はやがて意を決して、いっしょに脱走した君塚佐紀子に会いに行く。彼女もまた名を変えている。結婚しているが、家族は君塚の素性を知らないままだ。君塚をはじめ、啓子は自分が「永田の右腕」のような存在として永く誤解されていたことに気づかされる。とはいえ、君塚は忌憚なく話し合うことができ、そのなかで誤解も解ける。連合赤軍のメンバー全員にとって、森や永田は恐怖の存在で、いつ何時総括にかけられるかもしれない不安に苛まれつづけたのだ。言葉と行動の端々に用心しなければならず、ときには迎合することもあった。誰もが他のメンバーを誤解し、自分が誤解される種を撒かざるをえなかった。そうしてしか生きのびることができなかったのだ。
  啓子が山行きに参加したのは、子供を「革命戦士」として山で育てるという理想に共感できたからだという。彼女は妊娠三カ月だった。啓子だけではなく、多くの「女性兵士」もまたその目的に賛同したという。(事実として、総括死された金子みちよも妊娠中だったし、生後数か月の赤ちゃんを連れてきた女性もいた)その出発点には曇りがないとの啓子の思いだ。終わり近くにきて、ようやく啓子のこの内心の思いにたどり着き、ほっとした気になれた。わたしも以前、連合赤軍関連の本を何冊か読んだが、こういう視点を持った女性や、その参加の動機と直接つながる言説を見出すことはできなかったが、桐野夏生の女性的関心ならではの視点が、おそらくはかかるフィクションに向かわせたのだろう。連合赤軍に限定することもない、桐野夏生の七〇年代女性解放運動への関心と執着がこの長編を書かせたのか。それはまた現在という時代にたいする問題提起でもあるだろう。 


関連記事
スポンサーサイト
    15:52 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top
Comment







(編集・削除用)


管理者にだけ表示を許可
Trackback
http://oceanic.blog70.fc2.com/tb.php/745-b0222f57
プロフィール

seha

Author:seha
FC2ブログへようこそ!

カレンダー(月別)
09 ≪│2017/10│≫ 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
最新の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
カテゴリー
月別アーカイブ
全ての記事を表示する
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

FC2カウンター
ブロとも申請フォーム
ブロとも一覧
ブログ内検索
RSSフィード
リンク