大洋ボート

レヴェナント:蘇えりし者

  森のなかを流れる豊富な水。増水した川のものか、大量の雪解け水かわからないが、カメラはしばらくその水の滑らかな表面を追っていく。やがて主人公のレオナルド・ディカプリオとその息子そのほか数人の男が映し出される。ディカプリオは鹿を発見し銃の照準を合わせて見事に仕留める。だがその銃撃音を合図にこれでもかこれでもかと矢が飛んでくる。ここまでカメラはワンカット、つまり長回しだ。やや距離のはなれた場所にはディカプリオと同じグループの多人数の仲間がいて次々に無慈悲に矢の餌食になる。ディカプリオらは彼等と合流し銃で応戦するが、「敵」はひるむどころか、距離をつめてきて姿をあらわし矢と銃、さらにはナイフを手にして襲いかかってくる。矢の命中によって人は絶命しあるいは失神するが、無残さを嘆く暇がない。同じ悲運に突き落とされる人がそこここに現出するからだ。あわてる、だが震えてはいられない。人々は最善の対処と感覚した行為に即座に就かなければならない。戦闘とはこんなものだろうなと思いを新たにさせられた。この冒頭の場面は観客を引き込む力がある。
  北米大陸の開拓時代が背景で、動物の毛皮採集を生業とするグループが記したように原地住民と激しく対立する。原地住民(昔は「インディアン」と呼ばれた)としては自分たちの土地への侵略であり略奪であるという思いは当然すぎるので、戦争になるのはやむをえないかなと認識させられた。
  それよりも、わたしが印象的だったのは現代との食文化の著しいばかりの相違だ。息絶えたばかりの血まみれの動物から肉を取り出してむさぼり食らう人々の姿で、彼等は餓えているのだろう、また眼の前にあるその死体=肉に激しく食欲をそそられるのであろう。これは、家には冷蔵庫があり、街にはスーパーやコンビニがあり、瞬時にして食欲を満たすことができるわたしたちの食習慣ではない。はたして現代人のわたしがああいう場面で、はたして同じように食欲を刺激されるのだろうかと思ってみた。やはり慣れてしまえばがつがつ口に入れるかもしれないが。
  この作品の見どころとしては全体の4分の1くらいか。グループが原地住民から逃亡する過程でディカプリオが瀕死の重傷を負い、仲間から足手まといにされて見捨てられる。以降は彼の奇跡的な生還と復讐(相手は原地住民ではない)のストーリーだが、これが長くて退屈する。ディカプリオが主演だから、生きようと死のうと彼の溜飲を下げる展開になることはわかりきっているのではないかとの思いがどうしてもつきまとってきた。手を代え品を代えの冬の北米の風景はなるほど美しいにちがいないが、長時間見せられると食傷してくる。
  ★★
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