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三島由紀夫「英霊の聲」

  戦前戦中にわたる国家体制、とりわけそのなかにおける天皇中心主義の領域における天皇と主に特定の軍人・兵士との人間関係の絆と呼ぶべきものを三島由紀夫は重要視し、復活させようとした。それどころか、さらにそれを現在的に深化させ、日本の文化的思想的にすえるべき中心的土台にしようとした。一般兵士や民間人の死は大きな背景としては当然ありながらも視線の中心から追いやられ捨象されて、あらかじめ死を決定づけられた特攻隊や2.26事件で刑死した青年将校が礼賛される。「復活」にとどまらず、フィクションも交えてのさらなる彼らの「霊」の天皇への果たしえなかった接近と彼らにやさしく応える天皇が描き出される。「英霊の聲」の発表は昭和41年(1966)で、戦争はすでに遠くなってしまって、高度成長がほぼ実現し、貧しさからの脱出が国民に多く実感された時代である。多くの国民にとって忌まわしかったであろう戦争の歴史のなかから、三島は旧天皇制を「美」として突き出した。戦争と死を忘れ去ったかに見える国民へのショック療法というにとどまらず、三島はぜんまいをぎりぎりいっぱいに巻くようにして、経済一辺倒にひたはしる戦後体制への批判の先頭に立とうとした。だから、これは小説の形式こそとるものの、彼の政治的文化的宣言であり、簡単には後戻りできない位置に自らを追い込み、立場を決定づけたとみていい。
  作家は一流になってその地位と実力を社会的に認められると、つとに社会に眼を向けて批判や忠告を多くする傾向があるが、例外はあるものの三島はとくにそうだった。それは別に批判すべきではないが、わたしにはこの三島の急激な天皇中心主義への傾斜には違和感が拭えない。2.26事件の刑死者は横に置くとして、特攻隊の死者は、またその他戦争における死者全般が、60年代以降の高度成長と繁栄を苦々しい想いで冥府からみているのだろうか、逆にこれでいいのだと思うのではないか。これは理屈や理論ではなくて、戦争期と現在とを比較してのわたし自身の素朴な実感であり、これを置き去りにすることはできない。わたしが戦争期に生きなかったから、そのなかに隠顕する美質を知らないとしてもだ。あの戦争は間違っていた。原爆2発を落とされ3百万人もの犠牲者を出したあげく敗北したのだから。当時の国民の大部分は正確な情報を知らされず、負けるとは露ほども疑わなかった。一身をなげうって戦った。それはわたしにとって実感からとおいにしても、理解できないことはない。だがそれは必ずしも天皇のためのみではなかったはずで、祖国や郷土、家族、友人、縁者のためという想いのほうが、寧ろ比重が大きかったのではないか。戦争に負けてろくなことはなく、当時の天皇は国家元首であり、天皇に領導されて戦ったという思いは国民共通のものであり、それが事実と異なることが少しずつ知られるようになっても、戦後は必ずしも「陛下」ではなく「天ちゃん」などと陰で呼ばれたこともあった。無力に見えざるをえない天皇への軽蔑がそこにはあった。
  語り手の「私」は「帰神(かむがかり)の会」に列席して、感銘を受ける。審神者(さには)と呼ばれる地位の人が秘蔵の石笛(いはぶえ)を吹いて、荘厳の気配を少しずつ創出していって霊媒たる神主にそれが行き渡り、神主の口から霊界に群れつどう死者たちの言葉が発せられる。神主は川崎重雄という23歳の盲目の青年である。何回かの休息を挿んでのその言は詩的で、緊迫感に満ちて断定的であり、戦後と現在の世情への批判に始まり、進行するにつれて昭和天皇へのかぎりないほどの怨嗟が高まっていく。世情批判は経済的利益、私利私欲に走り、人はなべて卑屈になり下がり、信義も友情もないがしろにされ、真実や道徳と呼ばれるものは偽りであるとする。ただし、記された言葉どおりではなくわたしの解釈である。だがこれはさわりに過ぎない。「などてすめろぎは人間(ひと)となりたまひし」が結句であり、その昭和天皇批判がさらに引き継がれ拡大される。やがて発言者が2.26事件の刑死者であることがわかる。
  2.26事件についてはうろ覚えだが、青年将校のグループが「天皇親政」実現を目指して1千人以上の兵を率いて、首相はじめ数人の重臣を殺害したうえ、首相官邸はじめ政府中枢施設を占拠し、天皇の裁可を求めたというもの。背景には政治腐敗や農村の疲弊があったとされ、陸軍上層部にも当グループの行動に同情と理解を示す者も少なからず存在した。天皇は奸臣・佞臣にたぶらかされて政情の真実からとおざけられている。よって「君側の奸」を排撃すべしという主張だ。政府や軍首脳はこの「蹶起」に即座に政治判断がくだせず、空白の何日間かがあった。だが天皇は怒り心頭に達したようで、彼等を義軍ではなく賊軍と規定し、即時の鎮圧・捕縛を命じた。この天皇の命によって事件は一気に終息した。昭和11年(1937)のことである。
  刑死した青年は川崎君の口によると、天皇に裏切られたという思いで、まさに怨み骨髄である。だが天皇は神(現人神=あらひとがみ)であるからお咎めすることはできない存在だ。逆に死者としては理想の天皇像をかくあるべしとうちたてて後世に伝えなければならない。そのためにはまた天皇への想いを一層自分たちでかぎりなく高め、憤怒と見まがうほどに激烈にしなければならない。川崎君の言葉は激しい。『(前部略)恋して、恋して、恋して、恋狂ひに恋し奉ればよいのだ。どのような一方的な恋も、その至純、その熱度にいつはりがなければ、必ず陛下は御嘉納あらせられる。陛下はかくもおん憐み深く、かくも寛仁、かくもたおやにましますからだ。それこそはすめろぎの神にまします所以だ』
  そして理想の天皇が幻想として語られる。雪原に集う2.26の兵士の一軍。すでに「奸臣」を斬殺したのちで、彼らの血のかわかぬ刀を高ぶりと誇らしさを抱きながら提げている。そこへ丘から白馬に乗った天皇が近づいて来て「蹶起」を認め、ねぎらいの言葉をかける。幻想(「絵図面」)はもう一つ。同じく場所は雪原で、同じく天皇は」「蹶起」を歓び、褒めながらも『(前部略)心やすく死ね。その方たちはただちに死なねばならぬ』と命じると、「われら」兵士は鍛えあげられ用意された激情のままに、つぎつぎと割腹自決をするというものだ。このとき兵士は至福と歓喜の絶頂に達するという。雪原にうめき声や涙とともに血の赤がつぎつぎにほとばしるという映像が見えてきそうだが、わたしは後ずさりする。残酷で正視しようとする姿勢をとれない。
  平和主義者としての昭和天皇ではなく、武断を礼賛する人柄にそれは塗り替えられるのだ。霊媒たる川崎君から発せられた青年将校の言葉は、実在した彼らのそれよりももっと激しく、より拡張されたものかもしれない。天皇は神であることは至極当然で、それ以上に神にふさわしい人柄であってほしい、その願いは痛切で、恋情と祈りを籠めれば籠めるほど、必ずや天皇に届けられて天皇みずからの回心によって実現されるという。しかし、くどくなるが、蹶起を褒めちぎりながら同時に死(切腹)を命ずる天皇という像は、フィクションとはいえ驚く。嫌なものがまとわりつく感覚を覚える。
  「兄神」につづく「弟神」たる神風特攻隊の霊が、さらに川崎君の口から発せられる。2.26事件の刑死者とは異なり、特攻隊の場合ははじめから死の運命を決せられていた。敗色濃厚な戦局にあって自爆攻撃をしたところで、それを好転させることができないことは彼等自身が知るところであるが、天皇の命令であるから身を投じる。神であるからどんな非合理をも受け入れるべきで、窮極の非合理たる死を択ぶことによって天皇との合一化が実現される。特攻兵士一人一人の死によって、神たる天皇の生と存在はますます輝きを増し、兵士もまた安らかに冥ることができる、そういうことだろう。ここでは「兄神」のように天皇の人柄を改変しようとするのではなく、また切々たる恋情をかさねることとも少しちがう。天皇の神としての地位が不動であってほしいとの願いだ。だからこその天皇の戦後の『人間宣言』への怨み、「などてすめろぎは人間となりたまひし」へとつながる。だが事実としては、先にふれたように、特攻隊の大部分が一番に大事にし、意識したのが天皇だとは思えない。祖国、家族、恋人のほうが多く意識されたのだとわたしは思いたい。三島自身もそれは知るところだろうが。
  川崎君から漏れる声は三島由紀夫自身の声であろう。これを書いたことで、三島は意識としては死の側へ突き抜けてしまった気がする。「真夏の死」は、事故死した子供の「生きたい」と願う霊を母が迎え入れようとする話だったが、「英霊の聲」では天皇との合一化が十全な生だと断定されて、即ち死を急追することに変換されたのではないか。 
  昭和天皇の『人間宣言』にもわたしは賛成である。一人の人間が「神」を引き受けるという重圧をわたしは想像できない。よほどのんびり構えないとその地位には耐えられないだろう。昭和天皇も肩の荷を下ろしたのではないか。だが平成天皇を見ると、現人神の残影を引きずっていると見えないこともない。老齢に達しても、南方の島を訪れて現地や日本の戦死者を追悼する役割を引き受けている。それもまた重圧ではないか。わたしたちが彼一人にそれを押し付けていると感じられなくもない。
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