大洋ボート

吉村昭「鯛の島」「珊瑚礁」

  「鯛の島」は瀬戸内海の小さな島が舞台。爆撃などの直接的被害をこうむることはないものの、戦中から戦後にかけての時代の濁流が島の住民を容赦なく巻き込んでいく。その様子が母子家庭の長男の清作という少年の視線をとおして描かれる。
  戦時の「総力戦体制」とは前近代性と一体不可分のものであった。これが人権尊重の法体制が曲がりなりにも行き渡っている現在からみると非常に忌まわしく見え、嫌悪感をそそられずにはいられない。昭和十八年戦艦陸奥が島の付近の海上で原因不明の爆発を起こして沈没した。何が起きたのか、島民の誰一人として知る者はないのだが、やがて警察の血眼の操作がはじまり、女子供を問わずほとんどの島民が苛酷な捜査に晒される。漂着物の厳重な管理を命じるのはもとより、警察は疑惑の目を島民に注ぐ。容疑者でなくても連行し、暴力を加えて情報を得ようとするのだ。清作と母も警察施設に連泊させられる。ひどい話というしかない。
  もうひとつ取り上げられる前近代性は「楫子」(かじこ)と呼ばれる小さな漁船の漕ぎ手に従事させられる「七歳から十三歳」の少年である。動力のない船だから漁師が漁に専念する間、船の方向が一定でなければならないからだ。漁師は少年の親に前借金を渡して、五年、十年もの間、それをさせる。学校に行かせることもしない。ちょうど農山村の若い女性が親によって売春施設に売られるのと同じ仕組みだ。少年たちにとってはきつい仕事で脱走騒ぎがときどき起きる。とはいうものの島民にとっては何代も前から営まれている「伝統」として疑うこともしない。だがこれが敗戦によって一変する。一人の楫子少年の死亡事件がきっかけで、アメリカ進駐軍の民主主義施策宣伝のために楫子制度が「人身売買」として問題視される案件となったからだ。このときも警察はこざかしく素早い。島の区長が連行・逮捕されて新聞記事にもなる。島としては「楫子」に月給制を採用するなど大幅に譲歩し改めるが人が集まらない。そこで戦災孤児三人を島に連れてくることになる。だが清作少年からみた彼等はまったく異貌で理解不能な存在である。
  「鯛の島」はこのように「戦後」のどん底を清作と島民が戦災孤児に見いだして終わる。つまり彼等は働かないし、その気がまるでない。大人の指示にしたがわないどころか、反抗することも身についている。窃盗や狼藉をすることが平気で、愉快でたまらない。吉村昭は「当然、異常な環境の中で、かれらの性情は歪み、人間としての感情も失われた。」と書くしかない。わたしもここへきて内心唸ってしまった。
  「珊瑚礁」はサイパン島の陥落の一部始終が、やはり十代前半の少年の視線をつうじて描かれる。住まいのある町が大規模な空爆によって焼き尽くされ、夜空に濛々とあがる炎を家族とともに山麓の防空壕から茫然と眺める。これがはじまりだ。やがてアメリカ軍は日本軍の抵抗を排除して上陸し、艦砲や空爆とともに地上からの砲撃や射撃を間断なく加えてくる。町をあらかた制圧したアメリカ軍は攻撃の目標を兵や民間人が逃げ惑う山麓部へと変えてとどめない。銃砲の炸裂音を耳にした人々は逃げ惑い、壕や洞穴をみつけては一時避難をくりかえす。団体行動ではなく、家族や小さな集団などの思い思いの行動で、義明少年も家族七人とともに父に先導されて動きまわる。どこが安全かそうでないか、皆目わからない。ただ山の地理に詳しい父の勘に頼るばかりだ。多くの人が死に、少年も死体を目撃することが稀ではない。その間五か月、吉村昭は「その日から、時間的な感覚は失われた。」と書く。アメリカ軍の攻勢から数日後のことのようで、わかる気もするが、わたしたちの想像を超えたものがそこでは支配するのだろう。
  生きようとして逃げるのだが、おびただしい死体や短い時間の後に死にゆく人を間近に視認すると、はたして未来に生があるのか判然とはしない。むしろ死に近づいて行っているのではないか、だがそんなことをあれこれ思う暇はなく、ただ逃げたり食料や水を確保したりの身体の動きがあるばかりだ。こわいことはこわいにちがいないが恐怖を固定化することもかえって体を縮こまらせる、そういう本能にも近い知恵が働く、ただただ体を動かすのみで人を考えさせまいとする環境があるのかもしれず、同じことを執拗に繰り返す以外には選択できない。時間の感覚が、さらに感覚そのものが鈍化するようだ。長姉がつれた嬰児が泣き叫んだのでその音を消すために長姉はためらいない様子で絞殺する場面がある。義明少年もほかの家族も、彼女を非難することもなく、無感動そのものだ。そういう歯車が家族に共通して回転していてそこに全員が同調して乗っているという、異常といえば異常にちがいないが「非日常のなかの日常」というべきだろうか。同情にさそわれる。滅多に父にさからわない母が山を下りる、つまり降伏することを頑強に主張して父は受け入れる。これも日常ではみられない家族の変化だ。「友軍」の援助に期待しつづけた父だが、父についていく以上のことは考えられない少年にとってはその心変わりは理解できない、またその必要も感じないのであろう。
  彼等は無事アメリカ軍に保護されて臨時の収容所に入れられる。島の住民の集団自決や日本軍の玉砕攻撃などの報に接しても、嫌というほど死をみてきた少年にとっては心を動かされることもない。悼みの感情が麻痺して久しいのだ。「珊瑚礁」は、このように戦争を無事に五体満足でくぐりぬけられてもその残酷な実相が少年の眼をとおして、吉村独特の冷静かつ淡々とした筆致で描かれる。
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