大洋ボート

アメリカン・スナイパー

  ブラッドリー・クーパー演じるクリス・カイルという人物は実在したという。ロデオ大会参加に熱情を燃やす屈強な肉体の持ち主だったもののケニア在のアメリカ大使館爆破の報に接して愛国意識に目覚め、アメリカ軍特殊部隊シールズに志願入隊し、やがて狙撃兵としてイラク戦争におもむく。冒頭の場面では、歩兵が建物の一軒一軒に侵入・制圧する作戦の間、見晴らしのよい建物の屋上から監視し、手榴弾を投げつけようとした女と子供を見事に射殺する。このようにして何回かのイラク派遣において計160人ものイラク人を射殺し、アメリカ軍を大いに擁護した。絵に描いたような戦場ヒーローでありカイルは称賛を浴びる。このことだけとりあげて連鎖にしても戦争アクションとして十分に成立するであろうが、周到なクリント・イーストウッド監督だから戦争における「心の病」を同時に描くことを忘れない。むしろそちらにフォーカスをあてることにこそこの映画の眼目がある。そして「心の病」はカイルの周辺の兵士に蔓延するのみならず、カイル自身をも知らず知らずに蝕んでいく。
  戦場の場面とはちがって一見些細なことである。帰国の際に妻が見ていたイラク戦の実写ビデオをカイルも見る。同じような場面の2回目で銃撃戦の音響が鳴り響くがテレビ画面には何も映っていない。つまりその音響はカイルの心のなかでのみ鳴り響いていると容易に呑みこめるが、家庭の休息の場にあってもカイルは戦場の緊張を維持しなければならないという義務意識に迫られるからなのか。わたしはむしろ戦場の記憶から逃れようとしても逃れられないカイルをイーストウッド監督は描き出したいのではないかと思った。幼い子供同士のパーティの場面。比較的大きい犬とカイルの娘とがじゃれあっていると見ていたカイルが、娘が噛まれるのではないかとの妄想に支配されて犬に殴りかかろうとして妻に制止される。その犬はおそらくは安全とみなされたからこそパーティに同伴されているのに。みずからが戦場において子供を射殺した記憶が急激にこみあげてくるのであろう。またカイルと同じく意気揚々としてイラク戦に参加した弟の憔悴した姿に出会う場面もある。
カイルは「心の病」に全面的に支配されるのではないが、そうした人物もいる。退役軍人のなかにはめずらしくない存在かもしれず、退役後彼等へのボランティア活動に精を出すカイルはその類の人物に遭遇するのがラストの場面。カイル個人の悲劇としてではなく、アメリカ全体の悲劇の一環として描かれる。アメリカ全体が戦争によって疲弊し「心の病」に蝕まれているという現状認識だ。
  クリス・カイルは家族にも同僚にもやさしい好人物だ。銃の照準を覗き込みながら携帯電話で本国の妻と会話する場面は、寂しさをまぎらわす意味もあるものの家族を忘れまいという妻と自身へのメッセージでもあるだろう。小さな携帯ではるかにとおいアメリカと手軽に通話できるというのも、そういう時代なんだなと思わせる。映像といい主張といい、とくに目新しさはないもののまとまりはいい。「ハート・ロッカー」にあった軍人の嫌味な職人的自慢もない。
  ★★★★
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