大洋ボート

吉村昭「星への旅」「白い道」

星への旅星への旅
(2013/06/13)
吉村昭

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  「星への旅」はいわゆる「自殺サークル」の話。人生にたいする無力感や倦怠感を抱いた若い人たちが寄り集まって親密になった末に集団自殺を遂げる。新聞記事でたまに目にすることがあるが、発表が「昭和四十一年八月『展望』」とあるから読み物としては早い時期になるのかもしれない。もっとも「自殺サークル」なるものはこの短編にも紹介されているように戦前の「死ノウ団」など古くからあったようで社会現象としては目新しくはない。題材の新奇さを好んでとりあげる吉村昭らしい一編。
  圭一は大学受験に失敗した予備校生。通学のために毎日駅には足を運ぶものの無力感に支配されて電車に乗る気になれない日が多い。放心したようにベンチに座っていると同じ年代の三宅という男に声をかけられ、誘われるままについていく。三宅の仲間数人が待つ別の駅に降り圭一も加わるが、彼はそこに「妙な気分のくつろぎ」を見出す。彼らは圭一に「無関心」であり、見た目にも「悲しみ」をたたえていて、圭一は自分と同じような悩みを持つ人たちの集まりだと直感する。小説は圭一の視線をとおして彼らの人物像や結末にいたるまでの旅の様子を描写していく。画塾、美容学校、予備校、定時制高校などに籍を置く彼らは全員が学生であり、しかも圭一と同じく学校をサボタージュして顧みないのだ。彼らは自分と同じような人間と時間を共有することにやすらぎを感じるようだ。反面、無力感を払拭する試みもやった。パーティをしたり同じ家に住んだり、と。槇子という女性は整形手術を何回もした。戦争や麻薬に強い願望を口にする者もいる。しかしながら回りまわって結局は「死」に至りつく。喜びはなく震えが来るが、なぜか抵抗する者はいない。人生にたいする鬱陶しさの感覚が体にへばりついているからだ。
  共感できる部分は若い時代の無力感で、わたしにもその記憶はあるが、それ以上に自殺までもっていかれると退いてしまう。読者をいくらかでも説得させようとすれば掘り下げた心理描写が必須だが、作者はそれをはじめから自らに禁じているように読める。自殺への共感に与しないからではないか。かといって死から強引に引き戻そうとする作者の意図が書かれるのでもなく控えられる。比較的細かく書かれるのが旅の先々での描写であるが、淡々としすぎて共感を覚えることもない。圭一が脱出を想起することも描かれるが弱く、星の風景が死へのあこがれとしてにわかに置き換えられるが抒情性にまではとどかない。無力・脱力感の網から依然として抜け出せないからだ。わたしとしては佳作とは呼びたくない。
   「白い道」は作者がモデルかもしれない戦争期の話。徴兵検査を控えて病弱でもある語り手「私」は長兄のもとに寄食している。その兄に頼まれて父に食料を届けにいった。母はすでに癌で死亡して、父は以前から関係のあった愛人とともに疎開先の市川というところで暮らしている。その帰路バスを待つ長蛇の人を目にして「私」は徒歩で浦安の長兄の家に戻る。その途上で四十前後の男と道ずれになる。気さくそうな男だが、身の上話を聞くうち「私」は嫌悪感を抱くことになる。
  東京都内(当時は「市内」といったのか)で男は空襲に遭い、火の海と化した一帯を家族とともに夢中で逃げ回った。子供を連れた妻はたまたま近くにあった池に漬かったが、男は「勘」でそこは危険だと思って妻と子供を見捨てて別の場所に逃げた。火が静まった後池に戻ると妻と子供は無事だったが、衣服は焼けて裸だったという。「私」は妻にとって自分たちを捨てて逃げた夫はもはや「夫」ではなく、妻としての夫にたいする感情は消滅してしまい、他人に過ぎなくなってしまったと妻の心を想像するのだ。「この男には人間としてなにか重要なものが欠けているように思えてならなかった。」と記す。普段はいくら人当たりが良く立派なことを言ったとしても、肝心要のときになさねばならないことをなしえなかったならば、その一事をもって人は評価される。自戒しておきたい。戦争中はこういう話はごろごろあったのだろう。「私」も子供時代に家が小火に見舞われたとき家族に忘れられたのか、逃げおくれて短い時間ひとりぼっちになったことがある。また「私」の家族も上の兄三人はすでに家から離れて独立し、父の愛人の存在が明らかになり、さらに母の死以後つながりが希薄になったと感想が抱かれるが、それらの自分の身の周りの話の後に男の話が来るから効果的だ。男は「私」と同じように疎開先にいる妻子に手土産の石鹸を風呂敷包みに入れて会いに行くところである。
  B29の編隊が青空を轟然と飛行するのを歩行中目視するのも戦争期らしい。方角と仰角(約45度)がぴたり一致しないかぎりは被弾の心配はないと「私」は他の歩行者よりものんびりしている。
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