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松本清張「張込み」「顔」「声」

張込み―傑作短編集(五)―張込み―傑作短編集(五)―
(2013/05/17)
松本清張

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  松本清張が長編推理『点と線』で一躍流行作家となったのは昭和33年(1958)であるが、それ以前にも多くの短編を世に送り出している。本文庫に収められた8編は1955年から1957年の間に発表されたものだそうだ。
  冒頭の「張込み」は題名どおり、刑事が、殺人犯が立ち寄りそうな民家に連日張込みをかけるという話。その家の主婦はかつてその殺人犯と恋人関係にあったが、結ばれることはなく、20歳ほど年上の男のもとに後妻となって嫁いでいる。刑事はその家を監視できる場所にある宿を取るのだが、聞き込みするうちに女のあまり幸福ではなさそうな暮らしぶりを知ることになり、ほのかな同情が湧いてくる。はたして殺人犯となった男はたずねてくるのか……。張込みをはじめ、刑事の地道な捜査の実情は多くの本によって広く知られることになったが、当時としては新鮮であったのかもしれない。また逆に時代背景をしのばせる場面もある。「三等車」というのがあったのだ。刑事は夜行列車のそれに乗って横浜から九州に移動するが、目的地に着くのが翌日の深夜である。そんなに時間がかかったのか。また翻訳のつけられた方言も少し登場する。方言というのも衰退しつつあるのだろう。
  「顔」は薄給の劇団員が主人公。しかし劇団が映画会社と契約を結んだことからこの劇団員にも映画出演のチャンスが訪れる。最初は端役であったものの、監督に目をつけられて重要な役に抜擢される。だが彼にはかねてより怖れていたことがある。彼は殺人者だったからで、被害者の女性は発見されて身元も割れたが、犯人は警察によっては特定されずに迷宮入りとなった。そのまま売れない役者なら彼は安心である。だが映画に出て顔が知られるようになったらまずい。何故なら犯行現場に行く途中の汽車で、彼と同行した被害者は知り合いの男に偶然出会って、彼も顔を隠したものの目撃されてしまった。目撃者に映画を見られて気づかれたら彼の運命は暗転する。かといって役者として売れて高収入を得る魅力にも打ち勝ちがたい。そこに主人公のジレンマがある。彼は生前の被害者から知り合いについて聞かされて、少ない手がかりから探偵社をつかって身元を割り出したうえ、毎年その調査を依頼するという念の入れようだった。やがて彼はその男性の殺害計画を練ることになる……。あとの展開は書かないが、面白いことには目撃者は彼の顔をまったく覚えていなかったのである。かといって主人公の思いが杞憂だったのではない。目撃者は主人公の出た映画を見て、顔以外のことを鮮明に思い出したのだ。ああ、そういうことならありそうだと思わせる見事な意外性。それに顔を知られる舞台がテレビではなく映画であることが当時らしい。
  「声」は電話交換手の女性朝子(ともこ)が主人公。大きな会社や組織が外部との電話連絡において必要であったようだが、今ではそういう専門職を聞かなくなった。これも時代だ。朝子が所属する新聞社の某社員に依頼されて深夜ながら相手先に電話を入れるところがはじまりだ。だが女性はまちがえて電話帳の一段ずれたところに掛けてしまい、電話には男が出たが「こちらは火葬場だよ」と言って不快そうに切ってしまった。のちにこの電話先の家が殺人事件の現場であることが新聞記事に出て、朝子も知るところとなって警察に通報する。朝子の会社には300人の社員がいるものの、朝子はすべての社員の声どころか、外部から頻繁にかかってくる社員の知り合いの声も記憶しているというたいへん耳のよい女性である。おかげで社員のゴシップ的なネタも把握している。くだんの殺人現場の声も鮮明に記憶していて、二度目に聴くチャンスがあれば言い当てることができると言う。偶然がかさなって実はその声の主は朝子の身近なところにいるのだが、朝子は気づかない。ここが面白く読めた、そんなものかと思ってうなってしまった。ネタばらしは控えるがちょっとした機知がある。あとの展開も控えるが、当時の国鉄の田端機関庫が舞台として出てくる。機関車用の石炭を集積した「貯炭場」があったそうな。これも今はたぶんなくなっているのだろう。そこの石炭粉が「被害者」の肺から発見されるが、これは犯人のアリバイ工作。
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「松本清張」作品から、「佐藤優」が独自の視点で傑作を選んだ『松本清張傑作選 黒い手帖からのサイン―佐藤優オリジナルセレクション』を読みました。 [松本清張傑作選 黒い手帖からのサイン―佐藤優オリジナルセレクション] 『松本清張・黒の地図帖―昭和ミステリーの舞台を旅する (別冊太陽 太陽の地図帖 2)』を読んで、益々、「松本清張」作品を読みたくなりましたね。 -----story-----... 2017.05.26 20:31
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