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大江健三郎「死者の奢り」その他

死者の奢り・飼育(新潮文庫)死者の奢り・飼育(新潮文庫)
(2014/03/14)
大江 健三郎

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  「文学界」昭和32年8月号に発表されたこの短編は、大江健三郎の文壇デビュー作であり、思想を表現しうる新しい作家の登場として歓迎されたという。(当文庫の江藤淳の解説)たしかに思想がある。たんに話の面白さや衝撃を読者につきつけるものではない。また思想を直接的に記述するのではなく、人間や社会がはしなくも漏出してくる異物的なものにたいする主人公の心の内部の素直な反応によって、それが浮かび上がってくるという構造になっている。その表現は柔軟でみずみずしくあるが、核心には堅固さがある。大江は戦争の記憶の継続に執着したのではないか、というのがわたしの推察である。秀作であるにはちがいなく、この短編にケチをつけるつもりもないが、大江という作家には距離を保ちたいという気持ちがわたしにはある。
  主人公の「僕」は大学文学部の学生で、もう一人の女子学生とともに医学部地下室に設置された死体保存施設で1日のアルバイトをすることになる。アルコール溶液にひたされた死体をあらたに設けられた隣室の浴槽に移動させるというのだ。施設の管理人とともにそれをするのが「僕」で、女子学生は移動を終えた死体に古い番号札に加えてあらたに番号札をくくりつけ、かつ帳簿に記載していくという役目だ。死体は新しいものから、古くは15年以上も前のものも保存されていて、つまりは戦死者のものもあって、あわせて数十体はあるようだ。医学部で火葬される前の死体が学生の実習のために解剖にふされることがあるとは聞いたことがある気がするが、不確かだ。まして死体がアルコール漬けで大学医学部に大量に保存されているという話には疑いをもつ。たぶん架空の話だろう。ところで、わたしは死体と書いたが「僕」は死体とも書くがときには死者と表現する。題名も「死者の奢り」だ。これは「僕」の死体としての死者にたいする親近感と崇敬の念だと思われる。「僕」は死体をことさら怖がったり気持ち悪がったりせずに、アルバイトの告知を発見すると躊躇いなく応募した。経済的理由だと本人は言う。それに浴槽内の「死者」の描写もことさら煽情的ではない。また女子学生は妊娠中の身で、中絶を念頭に置くものの「死者」を目の当たりにすることで決意がぐらつく。この女性の存在が、どちらかというと小説の平静な進行に一役買っている。「僕」は女子学生との対話には深入りはせずに、作業にいそしむ。ゴム手袋をはめマスクをし、異臭に顔をそむけながら。
  異変が起るのは、地下室に教授と二人の医学生がいて解剖台にのせられた新たな12歳くらいの少女の死体に向き合っている事態に出会ったときだ。その死体は浴槽にあったものではなく、たぶん地上から運び込まれたものだ。「僕」は昼食をすまして地下室へ降りて行ったとある。「僕」は少女のみずみずしさを保った性器を見て「愛に似た感情」をもち、勃起する。動作がぎこちなくなったせいか、注射器を死体にあてて操作していた学生の体に肘があたる。「僕」は学生に「鋭い声」で咎められる。「僕」はここでミスを咎められたという以上の違和感を学生に抱く。この出来事自体から生まれたのではなく「僕」が普段から抱く別の部類に属する人間への違和感が思い出されたように一気に吐露される。

  車を再び引きながら、なぜあの男は僕を見つめて狼狽し、僕から眼をそらしたのだろう、と僕は考えた。それは僕の根深い所で陰険な不快感と結びついた。あいつは僕を、賤しい人間のように見た。僕は、わざわざゆっくり死体をおろし、それに新しい木札を取りつけることにも時間をかけ、管理人が苛立って、僕の手元を見つめているのにもかまわないで木札の紐を何度も結びなおした。あの男は僕を、賤しい人間を見る者の不快さを感じながら見ていた。そして僕を咎める気持ちをなくした。その上、できるだけ早くその不快感から逃れるために死体へ屈みこんだ。それも、自分のその感情が正当であることを教授と仲間に承認を強いるような、明らかな、わざとらしさで注射器をかざしながら。あれはなぜだろう。あれは、どういうことだろう。(p36)


  医学生にしてみれば、俺は将来医者になるために実習に取り組んでいる。一人前になろうと真面目にやっている。それに比べておまえときたら単に金欲しさのために、こんな人の嫌がるようなアルバイトに飛びついた心底下賎な人間だ。俺が医学生でなかったらこんなアルバイトは絶対に引き受けないぜ、といいたいのではないか。少なくとも「僕」はそう断定し、その勢いにたじろいだのではないか。会話によって推察にいたったのではなく「僕」の、それまでの経験も引き出された上での断定だろう。同じような調子で教授からも「僕」はアルバイトについて揶揄される。恥ずかしさと誇りの無さを強く指摘される。生きている人間との会話の困難性を抱かされて無力感に陥る「僕」である。
  死者への親近感をせめて維持しようとするのは戦争とそのもとにあった「僕」の少年時代とを忘れまいとする志向である。死体の元兵士との幻の会話の場面。

  君は戦争の頃、まだ子供だったろう?
  成長し続けていたんだ。永い戦争の間、と僕は考えた。戦争の終わることが不幸な日常の唯一の希望であるような時期に成長してきた、そして、その希望の兆候の氾濫の中で窒息し、僕は死にそうだった。戦争が終り、その死体が大人の胃のような心の中で消化され、消化不能な固形物や粘液が排泄されたけれども、僕はその作業には参加しなかった。そして僕らには、とてもうやむやに希望が融けてしまったものだった。(p28)


  戦争とはおびただしい死者を現出させる。戦争は終わって「希望」はかなえられたかに見えたが、死者の記憶は残る。それをどう始末すべきなのか、答えは早急には出せない。希望は唯一のものでまた自然な意識下でなされれば、それが消失したときには他に替わりうるものが容易に見つかるものでもないだろう。そういう希望への郷愁が書かれている。昭和32年とは戦後復興がほぼ成し遂げられた時期にあたる。その担い手ははたして死者のことを忘れたのか、目を背けたのか、たぶんそんなことはないだろうが、大江にはそう映った部分があって復興を真正面から「希望」として据えることをためらったのではないか。「戦争が終り、その死体が大人の胃のような心の中で消化され、消化不能な固形物や粘液が排泄されたけれども、僕はその作業には参加しなかった。」とある。思想に固執する場合、ほかの重要時をあえて軽視することも要請されるのだろう。
  この短編はさらに意外な展開を見せる。事務的ミスによって死体移動がまったくの無駄ごとであったことが知らされる。文部省からの予算配分やら、その大学への管理などが触れられて、まるで地下室から国家の階層構造を仰ぎ見るようだ。

  「他人の足」は脊椎カリエス患者専用の療養所が舞台。「十九歳の僕」を最年長にして少女以下計7人の若い患者ばかりが収容されている。治癒の見込みはたたないままだが「不思議な監禁状態」に誰もが満足していて脱走を試みる気配は無い。だが同じ病をわずらった大学生が入所してきて事態がにわかに変る。彼は政治的関心をもつ左翼系の人で、療養所のメンバーにも熱心にオルグしてまわる。世界情勢について知らなければならないと説き、「僕」だけを残して他のメンバーも彼を支持する。療養所がそれまでにない明るい雰囲気に変っていく。だがやがて彼の差別意識が露呈してしまうのだ……。「僕」も少しずつ学生に共感の手を差し伸べようとしていたときにそれは起る。この短編を読むかぎりでは、大江は政治指導者をけっして嫌いではないと思った。嫌いなのはその不誠実さや差別意識であろう。

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