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吉行淳之介「砂の上の植物群」

砂の上の植物群(新潮文庫)砂の上の植物群(新潮文庫)
(2014/04/04)
吉行 淳之介

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  戦後は性が解放された時代といわれる。読み物の分野においても純文学から通俗小説までそれは大幅に進んだようで、この小説も例外ではない。ヒロインの京子という女性は、いわゆる被虐嗜好のある女性で、そのありさまがベッドシーンにおいてきわめて具体的に描かれている。変態と呼んでもいいのかもしれないが、ことは密室内でのことで、相手の男性との相性がよければそれでよいだけのことだ。主人公伊木一郎にとっても京子のそうした癖は刺激的で好ましく、性の昂進の材料となる。京子にとっては、性行為の最中にあっては快感を最優先することになんらためらうところはなく、被虐嗜好は自分の肉体から自然に発したものと自認していて、行為のいっそうの変転にも貪欲である。つまりは健全であるといえるだろうが、単行本の刊行が昭和39年(1964)であることを考えると、性の分野の描出にかぎっては先駆的な意味があったのかもしれない。(性を真正面から描いた大島渚監督の映画「愛のコリーダ」の公開は1970年代になってからだ)
  伊木一郎は性に貪欲で一直線なのだろうか。そうであってもかまわないが、作者吉行淳之介は伊木を父の面影(亡霊)をしつこく意識する人物として描く。父は34歳の若さで他界したが、「芸術家」で女性関係も派手な人で、婚外子もいたようだ。伊木は父と距離をとりつつも、はたして自分は父と同じ部類の人間なのだろうかと訝るようだ。考えても結論は出ない。伊木は既婚者で女性をもとめれば「浮気」になるがその点では自身では無頓着で、障害にはならない。ただ欲望の自発的な発露ではなく、父の亡霊に応えるようにあるいは逆に無視するかのように「憤怒に似た感情」でもって女性に近づく。伊木にとっては飛躍である。未開拓の、空白の分野としての女性ということになるが、そこを開拓した後にどういう変化が伊木に訪れるのかが読みどころになる。父と同じ部類の人間になったことにことさら罪悪感を抱いたり落胆するのではないが。この小説の進行時においては、伊木は父の死亡時の年齢をすでに何歳か上回っており、そのことも伊木は意識するようだ。
  伊木は化粧品のセールスマンで、仕事を終えた夕刻港へやってくる。この小説の重要な風景である夕陽を見つめた後、近くの現代的な展望台にのぼる。そこで女子高生ながら口紅を真っ赤に塗りたくった明子に出会い、声をかけて酒を飲みに行く。やがて明子に相談をもちかけられる。明子はのちほどわかるが京子の妹で両親が他界した後姉に育てられるが、純潔を大切にしろと普段から口酸っぱく説教される。ところが彼女は姉京子が男と一緒にホテルに入るところを見てしまった。腹立たしくある明子は、姉をひどい目にあわせてほしいと伊木に依頼するのだ。また自身の「純潔」も負担で伊木との関係で解消しようとする。伊木は明子の依頼を引き受け酒場務めの京子に近づいていく……。作り話であろうが、伊木が以前定時制高校の教師をしていたということもあって、「不道徳」を地で行くようで、読ませる。
  伊木は吉行自身をモデルにしていると思われるが、吉行は伊木と距離をとろうとする。伊木とは別に「作者」が独立的に登場して画家クレーの絵について感想を語ったりするが、ここは難解かつ繊細で、わたしはそそられない。(伊木がクレーの画集を手にする場面もある)性的退廃について、そういう傾向にあると外見的に直感できる人物について語るところは腑に落ちた。肉体がぼろぼろになるまでに性に没入する人は性に「支配」される人だと説く。観念の性によるよりも、ふさわしい健全な肉体によって性は営まれるべきだと言いたいのではないかと思った。伊木も京子もそういう隷属状態にはさせたくないという、作者の登場人物へのいたわりだろうか。
  京子のほうが伊木にたいして積極的でより執着が強いと読め、伊木は充足した肉体関係をえたあとは、解放感よりも「終わった」と感じるようだ。だが二人の関係はにわかには終わりそうにもなく伊木が逃げ出す気配も皆無だ。伊木は京子の情をできるかぎりは長く受け止めようとするのだろう。大学時代の友人で出世頭の男がいて、京子の店の常連で京子を狙っている様子だが、何かの折に伊木が京子との関係を彼に打ち明ける場面があって、少し痛快であった。だが決めてしまった人生はなんと短く見えることか。まだ何も決めない、決められない人生ほど空白に満ちて生があり余っていると感じるのではないか。そういう人生に伊木は訣別した。「憤怒に似た感情」で突き進んだ女性関係であり、冷静な判断ではなかったようだが、そこは引き受けねばならない。もはや変りようがないということで、それはクレーの絵について作者が語った感想を思い出すと、死が直結するように迫ってくるということになる。穴倉でその運命を引き受けることだ。この小説の繊細さを十分に汲み取って再現することは、わたしの手に余るが。

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