大洋ボート

安岡章太郎「蛾」

海辺の光景 (新潮文庫)海辺の光景 (新潮文庫)
(2000/08)
安岡 章太郎

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  作家にかぎらず表現者・芸術家と呼ばれる人には、社会や生活や隣人といった周辺の存在やそこで起きる出来事にたいして自身の不適合性を強く自覚する人がほとんどなのではないか。それらとの交渉が齟齬をきたした場合、たとえその直接原因が周辺にあったとしても彼はいったんはみずからの不適合性をふりかえる。そしてこの不適合性をひそかな梃子にして表現を開始するのではないか。不適合性とは表現者個々の言い方としては劣等感やちぐはぐさや苦悩やその他さまざまな言葉で語られるであろうが、表現者にとっては自分自身たらしめている大きな柱であり、故郷みたいなものだ。だからこそ「苦悩を愛する」というような心理も表現者によってごく自然に生まれ出てくるにちがいない。
  いろいろと考えをひろげてみる。表現者は正確さや公正性を一方ではもとめられつつも,彼はやはり自分を手放そうとはせずに我儘であったりエゴイスティックであったりするのではないか。周辺との交渉を描くことは、同時にみずからの不適合性を描くことであり、それに拍車を掛けることにつながり、危機を増大させる。そこには大げさにいえば生還への欲求もおのずから生まれてくるので、読者は彼の行動と個性にスリルを感じると同時に、彼にまとわりついてくる周辺のさまざまな断面もまたそれまで味わったことのない表情を見せてくれるのではないか。彼の個性をとおして眺められる周辺もまた新鮮ということだ。
  

私は絶えず不安と焦燥になやまされている。……これは云い現しようのない感じで、強いて云うならば、奥歯が痛みはじめる直前に起る痒みと、最もやわらかな羽毛で足のうらを撫でられているようなクスグッタさとの混りあったものを全身に感じているのである。多分これは私の脊骨がわるいせいであろう。


  安岡の「不安と焦燥」の表現であるが、滑稽さを仔細に描きだそうとするのはいかにも安岡らしい。その因をいったんは脊椎カリエスという病にもとめている主人公であるが、のちには彼はもっと奥深い「不適合性」によるとしてその説を退けるようだ。医者は彼の病を正確に診断して安心するが、主人公にすれば病が癒えれば「不安と焦燥」が同時になくなるというのは嘘なのだ。
  またまた前置きが長くなったが、「蛾」は小さな蛾が主人公の耳に侵入して数日間悩まされるという話。ダンスをして蛾を耳からふり出そうとしたり、家族を驚かせたり、煙草を吸うと蛾がそれを合図にか暴れだしたりと、この作者らしく面白がらせる。だが途中からその悩みが快感に変化しかかるところが、前置きで書いたことと関連していて興味深かった。不適合性のちょっとした根拠になりかかるように主人公が錯覚するところが。彼は勿論、蛾をたたきだしたいのだが、反面いつまでも飼いならしておきたいという心理もはたらく。そこで藪医者と評判の近所の医院に駆けつける。どうせうまく処置できないだろうとの意地悪さが主人公にあるのがおもしろい。ところがあっけなくも蛾は耳から出てきて、彼を少し寂しがらせる。滑稽話にしてしまうところが安岡章太郎らしいのか。もう少し引っぱってくれてもよかったとも思うが、好短編の部類に入る。
  近所の医師の母兼助手の女性が主人公に接したときの描写が安岡らしいので掲げておく。

「こりゃまた、お痩せになりまして」
  とか、云って私の顔をじっと、肉屋の前をとおる犬のような淋しい眼付きでみる。何度も同じことを訊かれて私がだまっていると、不意に表情をあらため、「おだいじに」と云いすてて、トコトコと一歩一歩、地面に針を刺すような足どりでかえって行く。……



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