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安岡章太郎「海辺の光景」

海辺の光景 (新潮文庫)海辺の光景 (新潮文庫)
(2000/08)
安岡 章太郎

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  母が危篤との連絡を入院中の精神病院から受け取った主人公が取り急いで駆けつける。病院は高知県にあり、主人公信太郎は東京在住だ。同じ病院で寝泊りし、母の死を看取るまでの十日間がこの小説の時間帯だが、それまでの終戦後からの長く苦労の多い家族の生活もふりかえられる。
  私にとっての父母の存在を思い出さずにはいられなかった。漠然とした言い方に終始してしまうが、母とは幼少期には無意識の存在だ。同じ屋根の下に居ることに何の疑いもはさむ余地がない。母の生活態度や人にたいする接し方をほとんどそのまま受け入れるが子であるらしい。そのとき父は母の向こう側にいる。父の影響はしたがって母の後からではないだろうか。まして父母の夫婦関係がぎくしゃくしていると、父を受け入れるさいにも子にもそれが響いてどこか安定感の不足した受け入れになってしまうのではないか。母の居ない部屋で父と過ごしたひとときがあった。そのとき父は活力を停止させている最中であると本能的に思えた。父はやがて家の外へ向かって動き出す、その準備を休息をかねて頭の中で行っているのだと私は「理解」したのではないか。母によっては知らされない世界を覗いたのだろう。
  母が隣人などとのつき合いが下手な場合があるとしても、その下手さ加減を子が意識的にとりあげることができるようになるのはずっと後の時代だ。母の人との接し方や人に対する好悪も子供時代は無批判的に受け入れるにちがいない。夫婦喧嘩を目の当たりにした場合も、たいへんな困惑と寂しさを子は抱くが、そのさいも母の立場に立ったほうが、喧嘩が「理解」できたような気になれる。これは私だけのことかもしれないが、父母が離婚して私が父についていった場合、まっさきに気になったのは父の再婚相手がどんな女性かということだった……。やがて子は大人になり親元から離れる時期が訪れる。親子ともそれを想定し、期待もしている。だがその反面では、子にはいつまでも親に甘えていたい、あたたかさに包まれていたいという心情も抜きがたく隠れていることもあるだろう。親にもまたいつまでも可愛がってやりたいという心情が隠されているのかもしれない。しかしながら、子が立派な大人になるとたとえ同居していても、生活の厄介事はどうしても夫婦間(親同士)でどたばた劇を交えながら子の嘴を排除したところで決着の糸口を見出される機会が主となり、その場合は、子は疎外感を受け取らざるをえない……。この小説とのかさなりを念頭におきつつ少し長くなったが記してみた。
  いちばん幸福だった時期は、敗戦後の一年足らずであったことが回想される。まずはここが印象に残った。父は職業軍人でありいまだ大陸から未帰還の時期で、信太郎の前では父の悪口ばかり言い放っていた母の影響もあって、彼も父が嫌いであった。父不在のまま俸給だけは送られてくる。結核を病んで勤めができなかった信太郎は療養しながら翻訳の仕事を細々とこなして、母との二人暮らしを平和に送ることができた。だが父の帰還によって一家の生活はどん底に陥る。父の俸給がなくなったばかりでなく、仕事を見つけるのが困難な時代だったので、切羽詰った父は故郷から鶏をもらって庭で養鶏をはじめた。だがそれで生活を潤すにはほどとおかった。母も買出しやら人の仕事の手伝いやらで、くたくたになりながらもどうにかこうにか暮らしていけた。戦後の五年ほどは日本人はなべて生活苦に直面したようで、両親からもときどき私も聞かされたものだ。だがやがて、母の親戚から借りていた家も立ち退かなければならない時期がやってくる。鵠沼という場所とその生活になじんだ母には耐えがたかったようで、このころから母は精神を病みはじめる。父の実家の高知県に住まいを移す夫婦であるが。
  生活のなかの抜き去りがたい事実を作者は選択してとりあげる。またそれまでは気づくことのなかった母の「女」としての顔にも直面する。いずれも信太郎にとっては今日に至った昨日の時間帯の節目の出来事である。

  

信太郎は夜中にふと、自分の部屋から廊下一つへだてた座敷に枕をならべて寝ている父と母との言い争う声に目を覚されることが、しばしばあった。カン高い母の声は泣いているようだった。そして、その声にからみつくように低くひびく父の声は、理由もなしに不気味なものを感じさせた。そんなことの幾夜かつづいたあと、ある夜ひと晩、いつもの言い争う声に目を覚されることなくすごした。翌朝、見ると父と母とは寝間を別にしていた。座敷には父の夜具がいつものとおりに敷かれてあり、となりの茶の間に母のふとんが死んだ蛇のように、よじれたかたちでのべられてあった。信太郎は目をそらせながら、なぜか母の体温が自分のなかに感じられるおもいがした。彼が母にあるウトマシさをおぼえるようになったのは、そのころからだ。昼間、寝ている枕元に黙って意味もなく座りこまれるときは、ことにそうだった。母にすれば、無意識に習慣的にそうしているにちがいないのだが、おもうまいとしてもそんなとき母の体に「女」を感じた。肥ってシマリをなくしたその体が、毀れかかった器の中の液体のように、不意にある瞬間から無秩序なかたちで流れ出してしまうことを想像させた。信太郎は、母の体温に自分の顔の片頬がホテってきそうになるのを感じながら、見るともなしに庭の方を見てしまう。


 
  そして庭には父が居て、養鶏にたずさわっている最中である。もっとも「ぼんやり立って」いることもあるのだが、信太郎は「はっとして自分がいま父の眼を盗んでいることに気がつく……。」生活の困窮を嘆きその打開策をもとめる母に対して父は手がかりある答えを持ち合わせていない。不平不満が解消できずに体に鬱積させたままの状態でこんどは息子に、まさに体を押し付けるように無意識に迫ってくる。それは女性の「性」そのものではないか。母に対するこの気づきと戸惑いがよく書かれている。もっとも息子は父にたいする遠慮もあり、母子がにわかに密着に移行することもないのだが。そしてこの場面は病院内で、母が混濁した意識のなかで「お父さん」と叫んだことで繰り返される。息子をたじろがせるに十分だ。
  肉親の死に立ち会うとはどういうことだろうか。慣習だからにちがいないが、それでは信太郎のまた読者にとっての答えにはならない。私も立ち会ったことがあるが、それは長くてある種異様な時間である。「死」を理解せよと執拗に問いかけられるが心身ともに普段の状態から少しかけ離れていて、考えるという以前に姿勢をどうとればいいのか困惑のさなかにいさせられた覚えがある。作者安岡章太郎は、きわめて冷静であり、かつ正直であろうとする。また熱情と呼ぶべきものもある。死をめぐって事態が儀礼的に運ばれることへの、また死が見届けられた後の同席していた人の涙声、こういうものへの違和感が率直に表明されている。病院の建物から出たときの肩の荷をおろしたような解放感も記される。それだけではないことは勿論で、すべての人が肉親の死に特別の意味をあたえなければならないとは思わないが、安岡はそれをこの小説でやろうとしている。母の死を浄化しようとするのだ。この小説が後半部から動き出すと見えるのはその意図によっている。それまでの母の存在を噛みしめるように確かめながら、今一度二人の結びつきを夢か幻のように創出させて、文字通り「お別れ」として終わらせることである。死を見つめるとは、知らず知らずにその人の生の幻に密着することかもしれない。

  それから夜が明けるまでの何時間かを、彼はこの裏表になって循環する落胆と安堵のうちにすごした。ほとんど全神経を母の呼吸音をきくことだけに集中させているうちに、ある瞬間から自分の呼吸が母の呼吸といっしょになって働いているような心持になってきた。そして、ついに朝がやってくるのに気がついた。



  死の一,二日前のことで、「落胆」とは付き添いの日がまたつづくことを「安堵」とは母が死をその日は逃れたことをさしている。
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