大洋ボート

安岡章太郎「軍歌」

質屋の女房 (新潮文庫)質屋の女房 (新潮文庫)
(1966/07/12)
安岡 章太郎

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  これまでとりあげた短編はいずれも作者安岡章太郎の浪人・学生時代(戦前・戦中期)を題材にしたものだが、この「軍歌」は執筆当時の現在とほぼ同時期の出来事として描かれる。昭和三十五年ころと思われる。安岡には軍隊経験があり、そこでえられた知見にもとづく軍隊や戦争にたいする批判が率直に表明されていて納得でき、好感が持てた。作者ならではの羞恥の感情も折り込まれる。
  元旦のこと。主人公は日帰りの取材先から帰宅の途につく。「軍艦マーチ」が何処かの家から聴こえてくるが、やがて我が家からであることがわかる。同居するかつて職業軍人であった父が近所の人を呼んで酒を飲んでうるらしい。主人公が子供の頃から見てきた光景であり、正月ともなれば主人公は戦争期のことを思い出す。友人Kのことが蘇る。Kは小隊長で、ルソン島において戦争の末期、部下の大量の逃亡の責任を問われて自決させられた。ちょうどマラリアで寝込んでいた時期とかさなり、Kにはどうにもできなかったのだが……。(またK以外にも何人かの兵が銃殺処分を受けた)「軍艦マーチ」の歌声を耳にして、そのKが我が家に訪ねてきたのではないかという錯覚に主人公は一瞬酔いしれる。
  Nという近所の人とその友人Bが父とテーブルを囲んでいる。主人公よりもいずれも十歳ほど年下で、戦争の話が交わされていて、主人公もそこに同席する。Nは好戦的な歴史観をもつ人物で、もとから「へだたり」を感じていた主人公と酔いの進行につれて口論になる。Nは日本の降伏をしきりにくやしがる。もう1,2年あなたたちが頑張ってくれたら僕達も戦争に参加することができた。またテレビで媚を売る歌手に代表される若年層にも嫌悪するらしく、軍隊に入れて鍛えるべきだと言う。父が息子のことを「女房の言うことばっかり聞いて」と軟弱ぶりを嘆いたことから三人の話が発展したようだ……。
  Nのような戦時中の軍国少年そのままの国家間を戦後も引き摺った人が多くいたであろうことは事実らしい。だが主人公は根本的に肯んじえないのだ。玉砕や集団自決、軍隊内部での銃殺処分など、はなはだしい人命軽視が横行したのが日本軍である。また軍隊入隊によって身体が鍛えられることが部分的に真実であったとしても、倫理的に人を向上させることができるかどうかはおのずから別の問題ではないか。自衛隊のことは措くとして、軍隊論としてあらたに考究すべきなのか、いや、主人公には日本軍における経験と直観が強固な塊りとしてあり、それははげしい嫌悪と憎悪であり、おもわず吐き出さずにはいられない。

「(前略)大体さっきから黙ってきいてりゃ、テレビ役者を軍隊に入れろとか何とか馬鹿なことを言いやがって、女みたいな男は軍隊の中にゃいっぱいいたんだ。テレビ役者を軍隊に入れりゃ、役者の軍隊ができ上るだけのこった。でれでれしている奴を軍隊で叩きなおすなんて、軍隊を知らないやつの言うことだ。でれでれしている奴を軍隊で叩きなおすなんて、軍隊を知らないやつの言うことだ。でれでれした奴が古参兵になれば、でれでれした恰好のまんまで初年兵をぶん殴るし、そいつが将校になれば、やたら部下を銃殺にしたりしたがるんだ」
  しゃべりはじめると私は自分がとめどもなく昂奮してくるのがわかった。



  正論である。安易な軍隊万能論を排斥しているのである。まったくの非武装では国の存立が保てないという論を認めるとしても、軍隊にはできることとできないことがある。また軍隊が人間性の向上をもたらすという論にも疑ってしかるべきだろう。これくらいに激昂しても一向にかまわないと私は思ったが、主人公には同時に恥ずかしさがこみあげてくる。理性的でなくなったこともあるが、家庭の幸福を維持することに「汲々」としている普段の自身とのあまりの落差につきあたったからだ。他の三人に合わせるようにあわてて酔いの世界に入り込んだこともある。テーブルの上のものを引っくり返し、Nに殴りかかる主人公。その勢いは父にも向けられる……。
  戦後日本の非武装から軽武装の歩みは、安岡のような軍隊経験者や悲惨な目にあった非戦闘員の動かしがたい厭戦気分によっている。明治以来の積極的ナショナリズムの「気」からはるかとおくに逃れるものであった。論を回避した面があったにせよ、この時代の流れをわたしは肯定したい。
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