大洋ボート

安岡章太郎「青葉しげれる」「相も変らず」

質屋の女房 (新潮文庫)質屋の女房 (新潮文庫)
(1966/07/12)
安岡 章太郎

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  体験にもとづいて小説を書く場合、特に多く潤色するのではなく、ひけらかすようにして書く場合はどうしてもカッコ悪さがつきまとってくるのではないだろうか。人は多くの場合、自分が思うほどすぐれた能力もなく特技もなく、眉目秀麗でもない、他人を惹きつける魅力にとぼしい。つまりは普通であり、大した器ではないことによっているが、このことだけでもヒーロー的人物像に比べた場合、あながちカッコ悪いといえなくもない。特にこの両短編の場合、何度も受験に失敗しながらも「いい学校」に入ってもらいたいという母親の悲願に逆らえないのが主人公である。読者にとってはおそらく憧れることはない人物像だろう。だがここではカッコ悪さよりも、その奥にある主人公の孤独や冷淡や淡白さ、屈折した人間関係を核心として読みとらなければならないと思われる。それらをもカッコ悪さと呼べないこともないのだが。
  両編は「悪い仲間」とほぼ同時期、たぶんその直前で同じく昭和十六年という時代背景だ。「悪い仲間」の藤井高麗彦のようなリーダー格の不良は出てこない。旧制高校や大学予科を何回も受験しては落ちる浪人生仲間四人の行動が描かれる。順太郎も四浪目だ。こういう境遇の青年の群れがこの時期にも居たのだろう。子供の頃は勉強ができて、家庭環境も比較的裕福で、親は息子を何年かけても大学に入れてやりたいとの希望をつなぎとめることができた。息子もそれにことさら反抗することもない。とくに順太郎の母は息子の口ごたえには過敏で、茶碗ひとつ割るくらいならましだという荒れ方をする。それに徴兵猶予の権利も受験生には付与されていたようでもある。
  順太郎は自身にふがいなさを嫌というほど実感するようだが、何処かの学校に入学しないかぎりは打開に道はない。気を紛らわすためには仲間と遊ぶしかない。同じ予備校に通っていたため顔見知り程度で、交流のなかった浪人生が順太郎に声をかけてきてつきあいが始まる。例によって喫茶店に入りびたったり、玄人の女性のもとを訪れたりする。「同類相哀れむ」の言葉どおり、彼等は浪人生の屈折感を共有するので即座に友人になれる。彼等は勉学に自信をなくしているようだが、しょんぼりするのではない。空元気というのか、勉強をまったく放棄するのでもなさそうだが、文学やら江戸文化やらに凝ったりし、旅行もする。また女性にもマメで、後藤という男は旅先から見栄えの良くない三十歳くらいの女性をわざわざ東京に連れてくる。その女性を高木という男の下宿へ同伴させて男四人との雑魚ねとなる。成り行きでおとなしそうな順太郎が女性を組み敷くことになる。ちょうど順太郎の試験日の前日に当たる時間である。集団となるとこうも大胆になれるということだろうか。しかし忘れてならないのは順太郎もふくめた四人の義理堅さではないだろうか。
  しかしこの四人の結束は長続きしない。順太郎は身の処し方は自分の環境の中で考えるしかない。母の奔走でP大の「学友会」の有力者との面談にこぎつけ、他の三人のなかの山田とともにP大予科に入学を果たす。(裏口入学に当たるのか、試験に合格したのか、判然としない)これに対しては、まったく同じ境遇でこれからも仲間だと順太郎や山田を見做していた高木・後藤にすれば不愉快の極みだ。露骨に嫉妬され、いじめられる。さらに順太郎は山田と相談しあって決めた共通の進路をも「裏切る」ことになる……。
  順太郎の友人への義理堅さはこのように身体半分で、唯一裏切ることができない存在が母ということになる。母という枠のなかで流れに沿って、ほんの少しの自分の志向を交えながら進路を決めるしかないのだ。納得はできるが、それほど惹きつけられるものはない。青春とは大部分はこういうものかもしれない。いくら自由を謳歌したつもりでもおのずから枠がある。また、角度を変えてみてみると「悪い仲間」で描かれた青春のハメの外し方のある種の痛快さも見られない。作者は自然に距離を置いてしまったのか。そこでみずからの冷淡さや友情にたいする淡白さに気づき、ぶちあたったのか。ただ主人公が海外へ逃亡したり、みずから志願して軍隊入隊を果たすことを空想する場面は、切迫感がある。本格的に自己に対峙する唯一の場面だからだ。案の定、空想に終わるのだが。
  戦争中といってもすべての日本人が軍国主義一色に染まったのではない。四人の浪人生は国家にたいしては懐疑的、逃避的で、にわかにはじまった宮城前をとおったときの「お辞儀」にも反抗的であったり「バカらしい」と思いながら脱帽して、それを済ましたりする。国家体制と自然に距離をおくことができる浪人生という身分が、いともあっさりとそういう姿勢をとらせるのだろうか。小さな魅力の部分としておこう。
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