大洋ボート

ベニスに死す(1971/イタリア・フランス)

ベニスに死す ベニスに死す
ダーク・ボガード (2006/11/03)
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 ドイツ人作曲家のダーク・ボガード(役名アシェンバハ)は療養のためベニスを訪れる。ちょうど初夏で、太陽と砂浜がまぶしい。またたくさんの観光客が滞在するなかに彼は美少年のビヨルン・アンデルセン(役名タジオ)を見いだして虜になる。

 ルキノ・ヴィスコンティ監督らしく、衣装やインテリアに贅が凝らされている。とりわけ婦人の正装が目を引く。暑い季節にも関わらず、上着は長袖で、襟は首元まであって、ウエストのラインを強調したものだ。スカートは地面にとどくほどのロングで、末広がり。また帽子は花飾りなどを付けたおもおもしいもので、ちょうど西部劇で見慣れた女性の正装姿と酷似している。本編を見ただけでは年代はわからないが、DVDの別の映像によると、1911年だそうだ。女性やその子供たちがホテルの待合室でくつろぐ姿を眺めるだけで、ダーク・ボガードは自身が置き場のないような感覚をもてあますのだ。女性は室内でも帽子をとらないし、堂々とまたゆったりしている。そこここに配置された巨大な花瓶にはあじさいなどの花々が豪勢に盛られている。一方室外では、ホテル客用のバンガローが砂浜に整然としつらえられてある。バンガローの前やホテルとつなぐ渡り廊下の上には、ツートンカラーの日覆いの布が色鮮やかに微風に揺れる。これも映画用のセットなのだろう。ヴィスコンティが構想どおりにつくったのだと思う。ダーク・ボガードにとって、そうした健康な人々や初夏のまぶしさを代表する存在が美少年タジオである。

 ダーク・ボガードは体調がすぐれないほか、作曲家としての業績にもすっかり自信を失っている。友人から作品を罵倒されることもたびたびあった。また妻子には既に先立たれているらしい。こうしたことが回想として挿まれるが、暗鬱そのものだ。

 以上が前半のあらましであり、状況説明をかねてうつくしい映像がゆったりとつづくが、少し退屈だ。映画が動き出すのは、ドイツに帰ろうとしたダーク・ボガードが、駅員がミスで荷物の送り先を間違えたため、ふたたびベニスの元のホテルへ引き返すあたりからである。タジオに再会できる喜びによって、彼の頬はゆるむ。彼はめずらしくやる気を起こして、バンガローの前のテーブルで書き物(楽譜?)をはじめる。だがそれも束の間だ。退廃意識が以前にもまして彼を引き戻すからだ。ホテルのピアノで「エリーゼのために」をたどたどしく弾くタジオを発見して近づいていくダーク・ボガードだが、同じ曲が過去からも聴こえてくる。うしろめたさを抱いて訪れた売春施設で、美少女の娼婦が彼を慣れた笑みで見返しながら、同じようにたどたどしく弾くのだ……。少年と少女がごっちゃになることは、彼の意識がかき乱される、少年のイメージが少女の記憶に侵食されることの表れだろうか。

 ダーク・ボガードは音楽の仕事のなかで美を創造することができなかった。そういう敗北意識と衰弱する身体を抱えながら、彼は彼の外側にある美に近づいていく。その代表がタジオであり、また太陽であり砂浜である。タジオもダーク・ボガードに気に入られていることを知っている。彼の近くに来て目だつ仕草もするが、それ以上のことはない。つまり彼等が口を利いたり、まして仲良しになったりすることもない。ダーク・ボガードは目の前に美を見ているが、それは未練でもある。また未練以前にやはり、この世界に生誕して以来変わらない美なのであり、ダーク・ボガードにとってはついには愛でるにとどまるものだ。私たちがのぞくダーク・ボガードの内面には、恐怖と退廃が巣食ってはいても、嘘いつわりがなく透明である。そして彼がいくら沈み込もうとも、彼の周囲には美が確実に存在することを、彼をつうじて、つまり一個の人間をつうじて知る。そしてまた、沈み込みつつあるダーク・ボガードその人自身も、鑑賞者から見ればやはりうつくしいのだ。

 これも公開当時に見たが、人生の終わりが、それを意識させられることがどんなものなのかは今もってわからない。だが初夏のまばゆい日差しのなかに入ろうとして入っていけない感覚は、以前ほどのもどかしさやじれったさはない。若さからとおざかった所為なのか、むしろ少しは親しみあるものとなった。それにアドリア海に沈む夕陽。たんなる絵葉書ではなく、まさに主人公の人生の終わりを象徴するのだが、それが映画の中盤に登場することの発見も喜びだった。

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2007.04.27 Fri 23:35  |  seha #-
私の方からは、すんなりとトラックバックできました。

私のとってはまだ「至福の死」なんて他人事のようです。それよりも死ぬときはできるだけ苦しまずに済ませたい、とまずは願います。ポックリ死なんていいなあ。つまりは俗人です。

トーマス・マンの原作は読みましたが、難解だった。併録の「トニオ・クレーガー」は理解したつもりですが、かなり以前のことで、すっかり忘れてしまいました。
「至福の死」  [URL] [Edit]
2007.04.27 Fri 10:10  |  山下晴代 #y/MN7pSg
トラックバックしようとしたら、できませんでした(「許可されてない」か、なにか。Yahoo!もいろいろウルサイし、理由はわかりません)ので、urlを書かせていただきました。
私も『ベニスに死す』(笑)  [URL] [Edit]







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