大洋ボート

ある漂流

   不明瞭な言葉を不明瞭な映像に投げつける。フラッシュが断続的に焚かれ何がしかの輪郭を垣間見せるが、確認できないままに闇に戻る。これでいいんだと思うのか。映像の中身をすでに知悉していると自惚れ混じりにみずからに言い聞かせるが、ほんとうは知ったつもりの映像をそこに固定したくない、決めつけたくはないのだ。ほんの少し後退したい、それでもって安心と猶予を得たい繊弱の気質だ。それどころか居心地いい暖かい一家団欒の妄想にも通じる気分を無意識裡に導入してしまっているのではないか。そのくせ一方ではそれを断定してしまいたくはなく、一時しのぎ、もしくは不調を自認する。真逆の「知悉した輪郭」がその映像のなかに確固として在ることをみずからの存在理由として言い聞かせたい、「知悉した輪郭」と格闘したいという義務意識めいた執着もどうやら未練がましくもあるようでもある。切れかかった縄に無謀にしがみつくように。それらの理由や背景が総じて襲いかかりもたらすところの映像の不明瞭さの呑気さまた頑固さ、贔屓の見方をすれば壮大さでもあるが、それ以上のことをおまえはできやしない、やろうともしないと誰が言うのか、この言はわたしを大いに慌てさせる。もっとも縄が切れようと切れまいと縄は映像の不明瞭さとほとんど同義だから視認はできない、いや不明瞭さゆえ縄は無限に再生されることにもなる。このことが不明瞭な映像の寿命をおそろしく永いものにしているから、みずから果断によって縄を切断することもその方法はにわかには会得できないもののわたしにとっては視野に入ってくる。
   不明瞭な言葉を投げつける。堰は開かず孵化した魚卵は放流せず、断続的に沸きあがる情動を吐き捨てて始末し、あたかも平常に戻ることをよしとする生活習慣にしたがうかのようにほどほどに定期的に、不明瞭な言葉を不在の聞き手に投げつける。自己満足の極み、行為にも対話にもならない、ましてその言葉の痴呆性の酸鼻を嗅ぎ取られて顔を顰められることもない。いや言葉の不明瞭さのむにゃむにゃは闇に限定されて発せられたつもりでもまわりまわって明瞭に存在する聞き手によって掟によって変換された信号として受け止められて排除される運命にあるのかもしれず、わたしの鈍い感覚は鬱陶しくもそうではないかと怖れるが、それでも不明瞭な言葉は性懲りもなく発せられつづける。希望のように、痛みのない打擲を甘受しつつ見えない聞き手にたいしてもそれを返すように。性懲りもなく。



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