大洋ボート

バッファロー`66(1998/アメリカ)

バッファロー'66 [DVD]バッファロー'66 [DVD]
(2014/03/28)
ヴィンセント・ギャロ、クリスティナ・リッチ 他

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  家族関係が一風変わっていて、印象に残る。ヴィンセント・ギャロ(役名ビリー・ボーン)が何年ぶりかで刑務所から娑婆へもどり、実家をたずねるのだが、父母ともに格別になつかしむという空気がない。やれやれ、またもどってきやがったかというようなうんざり感さえ底に見える。だが、それをあからさまに露呈するのではなく、なにかしら表面をとりつくろうような気配がある。また息子にたいする幼少時以来の異常ともいえる無関心が流れている。特に母はフットボールファンで目がなく、息子の食べ物の好き嫌いさえ覚えていない。父は若い頃クラブ歌手だったことが自慢だ。その一方、息子に癇癪をぶつけることもあり、ビリーを怒らせる。またわがままで、息子が幼い頃、その愛犬をけっして飼うことを許さなかった。つまりは3人がそれぞれ自分固有の関心事や嗜好があってそれにのめりこんでいて、別々の方向を向いてばらばらな状態だ。
  だがこの家族が異常に映るのは、わたしたちが映像などで情愛に満ちて和気藹々とした家族像をあまりにも見慣れているからではないだろうかとふりかえらされた。刷り込まれた家族の「定型」がわたしたちに先入観を与えるのだ。だがふりかえれば、私たちの家族もまた、多かれ少なかれ「定型」からはみだしている。ともすれば自分の関心事にかまけて、家族を文字通り「空気」みたいにあつかってしまっている。同じ屋根の下に一緒にいる、離れたときはまもなくそこへもどる予定がある、それが家族の最低限の約束事であり、それさえ守られれば、とりあえずはいいのではないかとわたしはこの映画を見て、あらためて思った。情愛が芽吹く下地くらいはそこにはあるからだ。
  ビリーは刑務所暮らしをかくして政府の仕事で遠くに行っていたと嘘をつく。おまけに拉致まがいにクリスティーナ・リッチ(役名レイラ)を連れてきて結婚相手だと紹介する。父母は一安心というところか。だがそうでもなくて、父母は息子の実際を知っていて知らないふりをするのではないかと、わたしは勘ぐりたくなった。事を荒立てないのも家族の気遣いだ。息子の虚言癖くらいは、家族はさすがに承知しているだろう。
  ビリーは家族や社会にたいして被害感情を抱いていて、とても生きていけないと思うようだ。八百長をしたとビリーが勝手に思い込んでいる某フットボール選手を殺害することで人生にピリオドを打とうとする。実家を訪れたのも最後の機会だと決め込むからだ。だが幸運なことにレイラが彼や彼の家族に親近感を見せ始めることでビリーはしだいに変わっていく……。しかし「愛される」ことで変化が起きるのは、たしかにその通りだとしても映画の進め方としては少し安易ではないかと思わないでもない。「愛されない」というビリーの思い込みをテコにしてもっと追求してもよかったのではないか。ただビリーが得意のボーリングをして、肉体的な解放感をえてレイラも共感する場面はきわめて自然で、腑に落ちた。
  映像的な工夫が随所にちりばめられている。冒頭の刑務所をでたときの寒々とした雪をかむった都会の風景。駐車場のアスファルトのひび割れた具合。さらには実家では四角いテーブルを4人が囲むが、4人のうちの一人の位置にカメラが据えられて3人を撮るという方式で、一人が入れ替わった3人が交互に映るという構図になる。ラストの派手派手で、目の覚めるような映像も捨てがたい。物語の決着が二通りあるようにも解釈できるのもいい。無論一方は妄想でもう一方が現実であることは順守されるが、映画作りの「自由」をかいま見られて、楽しかった。
   ★★★★
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