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シェイクスピア『マクベス』

シェイクスピア全集 (〔29〕) (白水Uブックス (29))シェイクスピア全集 (〔29〕) (白水Uブックス (29))
(1983/01)
ウィリアム・シェイクスピア

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  戯曲『マクベス』の舞台は、戦乱のうちつづく世である。国王が小競り合いを演じ、領土争いをする。あわよくば隣国を攻め滅ぼしたいという下心がある。また地方領主や有力な軍人は下克上の誘惑に抗しきれなくなるときがある。主人公マクベスもそれら一群の中の一人で、スコットランド王ダンカン麾下の勇猛な軍人だ。今まさに獅子奮迅の活躍をして反乱を平定し、ダンカンに謁見しようとするときだ。魔女三人が彼と同僚バンクォーの前にあらわれてマクベスの将来の王の地位を予言する。マクベスに動揺と興奮が走る。だが彼は気の弱い男であり、自らが言うように善人としての性向を持ち合わせないでもない。
  軍人としてのマクベスは腕が立ち、戦うことと忠誠心、出世欲が彼のなかで見事に統一されていた。戦い、勝利することをかさねることで、彼は出世の階段を登りつめてきた。それがここへきて分裂する。下克上はさらなる出世への欲望をいたく刺激するものだ。だがはたして自分が心底それを望んでいるのか、自信が無い。ダンカンを亡き者にする公的な口実も思い浮かばない。マクベスの背中を押すものがあるとすれば、彼に絶えず出世をせきたてる夫人の存在であり、またいうなれば下克上は「誰でもやっていることだ」「俺一人が特別に悪いのではない」という群れへの埋没志向だ。それに彼は勢いに乗っている真っ最中で、その流れに乗りつづけて行き着くところまで行ってしまいたいという自然な意識もある。それは同時に群れのなかでの競争意識でもあり、夫人と同様だ。「誰でもやれること」をもしやれないとなれば、なんとも情けない男に成り下がる。さらには「魔女」といういわば異教への接近だ。
  チャンスはマクベスが望むよりも何層倍も早くやってくる。マクベスがダンカンに謁見したその日、間髪を置かずにダンカンがマクベスの居城に訪れてくるのだ。王が臣下の城を訪れることは、おそらく臣への格別の顕彰を意味するのであろう。マクベスは大急ぎでの接待を終えた後、夫人にせきたてられたこともあって眠りに入った王ダンカンを殺害してしまう。同時に付き人二人を殺害し、彼らに犯行を押し付ける工作をする、さらには同行していた王子二人が逃亡したため、犯行が王子二人の差し金であることを世間に想像させることにもあっさり成功する。まもなくマクベスはスコットランド王の位に就き、望みはいともあっさり成就する。王から報奨として反乱した領主の領地を与えられることになっていて、さらに版図を広げた領主としてのその居心地をしばらくは味わってみようとの想いも強くあったマクベスであるが。
  王の位を簒奪したあとにマクベスを支配するのは、いつか自分が復讐されるであろうという恐怖心である。そのためにさらなる謀殺をかさねるが、貴族が列席する酒宴のさなか彼はその亡霊の出現に苦しめられる。このあたりからマクベスに対する周囲の信頼が失われてきて、悪政が蔓延するのであろう、やがて「暴君」と呼ばれるようになる。もっともマクベスは人身掌握の真底からの努力をほとんど怠っているようで、知らん顔をして作り笑顔を浮かべるのが精一杯、そんな人物像が浮かび上がってくる。あっという間に王になり、あっという間に滅ぼされる運命のマクベスである。同じ運命が、最初は彼に幸運をもたらし最後は死をもって閉じる。マクベスはそういう運命の見せかけに逆らわなかった人であり、そのためかハムレットとちがって言葉を積み重ねることによって自らの手で運命を構築するという営為はない。表現意欲がとぼしい。戯曲は小説とちがい作者による客観描写がないために、俳優が説明役を担わなければならないことがあるが、その部分が『マクベス』にはやや多い。
  私が興味を引かれたのは魔女である。作者シェイクスピアは魔女三人を勢一杯薄気味悪くつくりあげている。「ひびわれた指」を「しなびた唇」にあてたり「髭」が生えていたりする。またマクベスを待ち受ける場面では、大釜をしつらえてそこに動物の死体やらその部分を放り込んで煮え立たせる。三人は「苦労も苦悩も火にくべろ、燃えろよ燃えろ、煮えたぎれ。」と歌うように声をそろえて語る。薄気味悪く卑猥であればあるほどマクベスは惹かれるのではないかと、私は思う。キリスト教のことが別のところで少し出てくるが、己を低くして神の恵みを祈願する姿勢が表現される。マクベスもそういう姿勢にまったく無縁の人ではないが、傲慢とうぬぼれを自己肯定する異端教が欲しいので、そこに魔女がうってつけのように出現したのだと私は見る。その裏側にある心細さをもおおいかくしたいのでもある。妄想と切り捨てることもできるが、勢いに乗っている最中の人間はそれを歓喜する。卑猥であればあるほど刺激をおおいに呼び込む。卑猥さとは卑猥さを見つめつづけ、うぬぼれに酔い、判断を停止させることだ。魔女三人はイエス・キリストのような高貴さの対極にあるが、とおくはなく、マクベスの身近にあり孤独を癒す役割を見せかけではあるが担ってくれる。
  魔女は人間界になぞらえれば煽動家である。人をそそのかし動かし、世の中を引っかきまわすことにこのうえない喜びをもつ。あとは動かされた当人がどうなろうとどうでもよい、それどころか『マクベス』の魔女はマクベス本人を滅ぼすことも目的だ。マクベスは魔女の「託宣」をつまみ食いした。魔女はマクベスの王位を約束したが、そののち同僚バンクォーの子孫がやがて王位につくことも予言した。マクベスは前半の部分に小躍りするものの後半の部分は聞いたときは耳に入らない、あわて者であり後になってそれを気に病むことになる。魔女はまた、マクベスが死ぬことをマクベスが理解できない言葉で予言する。また女の腹から生まれてきた者はマクベスを滅ぼすことができないとの「頼もしい」ご託宣もしてくれる。だが小理屈でそれを否定する相手が現れるとうろたえるマクベスである。
  城を包囲されて自身の運命が絶望視されたとき、マクベスは以前の軍人時代よりもより一層の闘争心をかきたてる。魔女の「二枚舌」ともあっさり訣別し、恐怖心も洗い流され、自由の境地をはじめて獲得したかにみえる。私の想像力がにわかには追いつけない個所で、マクベスを演じる俳優の力が試されるところだろうか。もう一つ、俳優がどういう演技を見せてくれるか、注目すべきところがある。王ダンカンを殺害する直前、マクベスが知らぬ間に剣を手もっている、しかもそれには血がべっとりとついている。幻想と現実、現在と卑近の未来が交錯し、マクベスがうろたえる場面。

マクベス
(略)
おお、短剣ではないか、おれの目の前に見えるのは?
柄をおれの手に向けているな。よし、つかまえるぞ。
つかめぬか、目にはまだ見えておるのに。
ええい、呪わしい幻め、姿は見せても
手にはさわらせぬというのか? それとも
きさまは心が描き出す短剣、熱にうかされた
顔が作り出す幻覚にすぎぬというのか?
まだ見える、手にとれそうなその形、それ、
抜き放ったこれと同じではないか。
おれを案内する気か、おれの行こうとするところへ、
おれが使おうとしていた得物の姿を借りて。
おれの目はどうかしたのか、それとも目だけたしかで
ほかの感覚がおかしいのか。まだきさまが見える、
おお、刃にも柄にも血のりがついているではないか、
いままではついてなかったぞ。まさかこんなものが
あるはずはない、血なまぐさいたくらみが形をとり、
目をたぶらかすのだ。(以下略)(p49~50)

  剣を使おうか使うまいか、迷っていながらもすでに剣をとりだして握りしめている。さらにはいまだ行為に及んでいない王の殺害にともなう血がべっとりと剣についている。うろたえ、錯乱の一歩手前にありながらもなんとか行為をなしとげてしまうマクベスが生き生きと描かれる。
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