大洋ボート

欲望(1966/イギリス・イタリア)

欲望 欲望
ヴァネッサ・レッドグレーヴ (2006/11/03)
ワーナー・ホーム・ビデオ

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 デヴィッド・ヘミングスは売れっ子カメラマン。若い女性モデル相手の仕事ばかりでうんざりしている。だが、好きな題材を集めた写真集の計画もある。そんななか、彼はカメラをもって町中の公園に入る。中年男と若い女(ヴァネッサ・レッドグレーヴ)のペアが仲睦まじい様子で手をつないでいる。かと思えば諍いの様子も見える。興味のむくまま、シャッターを押しまくるデヴィッド・ヘミングスだが、女の方がそれを発見して抗議する。取り合おうとしないヘミングスに女は仕事場まで来て、ネガの返還を執拗に要求する。ヘミングスはかえってそのことで興味を刺激されたのか、悪知恵で贋のネガを渡して女を帰らせる。さっそくネガの現像に取りかかるヘミングスだが。

 ここからが映画的で実に面白い。現像された何枚もの写真を壁に貼り付けるヘミングス。例の男女ペアが写る一見何の変哲もないスナップだが、鑑賞者は不審の眼差しを向けるヘミングスについていかされる。数枚の写真の一角をねらって撮影し、それを再度現像するという過程をくり返す。引き伸ばしだ。どうやら樹木の下部の影にひたされた部分を狙っている。そして粒子の粗い画像のなかにピストルや死体らしきものがかろうじて浮き出てくる。ゴールにたどりついたという一種の安堵と同時に、あらたな事態の出現に鑑賞者は驚く。だがこれは心地よい驚きで、主人公のデヴィッド・ヘミングスとの感情の一体感を味わえる時間で、映画ならではの幸福でもある。この間、セリフも音楽も一切ないのがまた、いい。ダメ押しは例の公園に夜、再度ヘミングスが訪れるくだり。写真と同じ中年男が死体となって横たわっているではないか。微風が吹いて、恐怖というよりも神秘的なものを私は感じた。

 だがデヴィッド・ヘミングスはいそいで警察に通報することはない。やがて仕事にかまけているうちに、写真もネガも何者かに奪われ、公園の死体も再々度訪れたときには見る影もないというところまで、事態は急展開する。つまり個人の内部に起こった不可解な出来事という範囲に「事件」はとどまってしまうのだ。

 もうひとつ「不条理劇」に私たちはラスト近くで出会う。ジープで多人数で乗り付けてきたヒッピー風の若い男女の集団がパントマイムを演じる。男性のペアがテニスコートでテニスのマネをするのだが、無論ラケットもボールもない。他のメムバーはフェンス越しにプレーを見まもる仕草をする。つまりボールを追うように首を左右にいっせいに動かすのだ。そこを通りかかって彼等を眺めるヘミングスだが、やがてフェンスを越えて架空のボールが彼の足下に転がってくる。拾ってくれとのメムバーの催促の合図に、少しためらったあとボールを投げ返す仕草をするヘミングス。これはどう解釈すればいいのだろう。たぶん、ある集団が(もしくは他者が)不可解に見えたとしても、彼等が要求するルールのようなものを守りさえすれば、すくなくとも支障なくそのなかを通過することができる、大げさに言えば、生きられる、ということだろう。これがこの映画の締めくくりのメッセージである。

 つまり、前段で書いた「事件」は、個人のなかで生起した不可解さは、解決しないかぎりはずっと個人が抱え込むしかないという結論で、後段では、そういう個人から見た他の集団や個人、ひいては社会がまたしても不可解に映る、ということにつなげられる。それは「ルール」を遵守することで、不可解さは残っても折り合いはつけられる、という具合にまとめられる。架空のボールは架空であっても、若い男女の集団にとっては「本物」のボールである。不可解なこの「本物」のボールを投げずに、それこそ贋のネガを渡してしまったら、また一悶着が勃発する。そんな仕組みだ。前段は濃密で鮮やか、後段はそっけなさはあるものの軽快感がある。

 そのほか、ミケランジェロ・アントニオーニ監督の色彩感覚もうれしい。若い女性モデルのコスチュームの軽快な原色。遊んでずたずたにされる紙のうすむらさき色。それらと公園の緑との対比。ロックバンドの騒音と黙りこくった観客との奇妙な対比。ミケランジェロ・アントニオーニはイタリア人だが、この映画はロンドンで撮影された。そのためかおのぼりさん的な、楽天的な気分が漂っている。同監督の『太陽はひとりぼっち』で見られた先鋭的な印象はない。

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2007.08.07 Tue 23:29  |  seha #l/rqXNkA
にじばぶさん、こんばんは。
この映画は高校一年のときに見ました。映像の威力をみせつけられた初めての作品だったので、印象深いものがあります。

>あの風の吹き方を「技術が未熟でうそ臭い風の音」と批判する方もいらっしゃる様ですが、そんなことないですよね!
まあ、たしかにあの風は自然ではなく、扇風機かなにかで作った印象がありますが、気に入った風が吹いてくれなかったんでしょう。(笑)
しかし風はあったほうがいいと思います、私は。
余情がかもし出されて。
ありがとうございます  [URL] [Edit]
コメントありがとうございました。

<主人公のデヴィッド・ヘミングスとの感情の一体感を味わえる時間

まさにおっしゃる通りですね!
リアルタイムで増していく緊張感を、登場人物と共有できる映画ならではの魅力あふれるひとときでした。
あのブローアップ・シーンは何度みてもワクワクします。

<微風が吹いて、恐怖というよりも神秘的なもの私を感じた

まさに私も同感です。
あの風の吹き方を「技術が未熟でうそ臭い風の音」と批判する方もいらっしゃる様ですが、そんなことないですよね!
神秘的でいて、下界と遮断された様な不思議な孤独感を演出した、あの様な風を創りだしたアントニオーニに、むしろ私は敬服しましたよ。

私と共通する感覚をこの作品からお受けになっていらっしゃる様で、記事を拝見していて楽しかったです。
何度でも鑑賞に堪えうる傑作ですよね。


風の演出  [URL] [Edit]







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『欲望(BLOW-UP)』(1966)上映時間: 111分 製作国: イギリス/イタリア ジャンル: サスペンス/ドラマ監督: ミケランジェロ・アントニオーニ製作: カルロ・ポンティ 原作: ジュリオ・コルタザール 脚本: ミケランジェロ・アントニオーニ トニーノ・グエッラ 2007.08.06 23:34
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