大洋ボート

凶悪

  死刑判決を受けて拘置所に収監中のピエール滝から雑誌社に連絡が入る。自分には余罪があり、さらにその関連で、司直の追及から逃れていまだ娑婆でのうのうと暮らすリリー・フランキーが居る。滝によるとフランキーは保険金連続殺人のリーダーで「先生」と呼ばれている。勿論滝も深く関わっている、という内容だ。雑誌社の記者山田孝之はさっそく調査に乗り出す。 
  山田孝之の真面目でつきつめた表情が好感が持てる。晩秋の頃か、北関東郊外の人家と自然の緑が混在した風景も内容にふさわしく寒々とした表情を見せる。しかし肝心の犯罪のおぞましさ、無気味さが迫ってこないことが、映画としては欠点ではないだろうか。
  保険金の不法取得もふくめてさまざまな手口で同一犯(またはグループ)による「連続殺人」なるものが、この世に存在することを私達はメディアによって知らされる。その詳細がしだいに明らかにされる。犯人の人となりや動機、犯罪の巧妙さと残酷さがあぶりだされてくる。しかし少なくとも私はたいていの場合はそれほど深く興味をもてない。自分と犯人の共通性をとりだしてきてそれを拡大して、想像力の世界に浸りこむようなことはしない。むしろ遠ざけようとする力が私のなかでは働くようだ。だが映画や読み物(ノンフィクションと称されるものもふくめて)では別の力が働く。犯罪が主題ならば、それを自分なりに「理解」しようとせざるをえなくなる。「犯人」が再構成された作り物の世界から「殺人とはこんなにおもしろいものだ、どうだい、おまえも一緒にやらないか」と呼びかけられて私がその声に生々しさを感じられれば、ぞくぞくすれば、その作品は成功したといえる。傑作『冷たい熱帯魚』のなかで俳優でんでんは、それを大真面目にやっていたので、こちらに連続殺人という別世界の「おもしろさ」がひしひしと伝わってきた。死体を切り刻む最中の血の海の中からその一部分をとりだして「これがちんぽだ!」と言って主人公に見せつけるでんでん。その喜色満面の表情が忘れられない。  
  だがこの映画にはそういうものがまるでない。とりわけいただけないのがリリー・フランキーだ。保険金をかけた老人に滝とフランキーが強い酒をこれでもかこれでもかと飲ませる場面がある。勿論老人は嫌がるが、二人は得意満面の笑いを浮かべる。だがフランキーがいかにもぎこちない。俺はほんとうはこんな人間じゃないといわんばかりの逃げ腰が透けて見えてくる。観客に残酷犯罪の「凄み」よりもフランキーのいい人らしさが伝わって、見るほうも照れくさくなる。うまい下手ではなく、俳優としての姿勢とのめりこみ方の問題だろう。
★★★
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