大洋ボート

『万葉集』巻七・1367、1398,1409,1410

三国山木末(こぬれ)に住まふむささびの鳥待つごとく我待ち痩せむ(1367)


  譬喩歌(ひゆか)という分類にされた歌の一首。思ったことを直接には表現せずに物にたとえて詠んだ歌だという。私は不勉強でよくわからないが、雑歌(ぞうか)相聞(そうもん)という他の分類との画然とした区別はないといわれる。また恋愛を題材にした歌が多いというが、万葉全般が恋愛を多くあつかっているといえる。
  作者が自分をむささびに譬えて鳥を捕らえようとして待ったが、それがかなわず、つまり食べられずに痩せてしまったという意。「譬喩歌」にこだわらずとも自分の恋をむささびと鳥の関係にたとえていることは容易にわかる。印象に残る言葉は「むささび」と「待ち痩せむ」。むささびは映像でしか見たことがないが、飛膜と呼ばれる肉の膜をひろげて滑空することができる。木から木へ飛び移ることができて便利そうだ。私にはこの動物の肉体のやわらかさをこの歌から受け取る。鳥類も哺乳類も肉体のやわらかさは同じ程度と思われるが、表面をおおう羽毛と体毛のちがいか、哺乳類のほうがどんなに痩せていても余分な肉が垂れたように見えるからか。鳥類が痩せる状態は大きい鳥でないと想像しにくいが、哺乳類だと想像しやすいということがあるかもしれない。むささびの痩せた肉体の哀れさ、やわらかさ。第5句の「待ち痩せむ」は直前の第4句「鳥待つごとく」で「待つ」が使われているにもかかわらずいちばん吸引力がある。一首の錘となっている。作者の恋はいったんは成就したもののその後、会えない状態が長くつづいて憔悴してしまったということか。

楽浪(ささなみ)の志賀津の浦の舟乗りに乗りにし心常忘らえず(1398)


  若い時代の恋愛は実らないことが多いのかもしれない。万葉集でも同じで、恋愛を歌ったものの大部分はその成就がかなわず、幸福よりも不幸や無念さや憔悴が歌われる、また死別の悲しみも「挽歌」その他で多く歌われる。そんななかにあってこの一首は特異だ。またこの歌は注釈がないと私には読めず、ようやく「理解」したあとこの歌に頼もしさを感じた。テキスト「日本古典文学全集3 万葉集2」(1972年初版)の口語訳は「 楽浪の 志賀津の浦で 舟に乗るように 妻が乗りかかったこの心は いつも忘れられない」となっている。第3句「舟乗りに」を「舟に乗るように」と解釈すべきという断りは私にはできなかった。私が敷衍すると舟が作者の男性で、それに乗った人が妻となった女性となる。過去が歌われているようだが、作者は妻に先立たれたのか。しかし作者についてきてくれた妻にたいして作者はたいへん感謝するのだ。妻のおかげでたいへんいい人生が送れたという幸福感の表明であり、死別としてもその悲しみよりもむしろ確固としたいい思い出ができたことを誇らしく思う。夫婦関係を自慢すると、わが国ではすぐに「のろけ」と言ったりして遠ざける傾向があり、それを思って自慢する側も控えめにしたりもするが、この歌ではそういうみみっちい配慮はなく堂々と歌われるのだ。この歌の気風は万葉ではめずらしいのか。同じ作者と思える同工異曲の歌「百伝(ももづた)ふ八十(やそ)の島廻(しまみ)を漕ぐ舟に乗りにし心忘れかねつも」(1399)

秋山の黄葉(もみぢ)あはれとうらぶれて入りにし妹は待てど来まさず(1409)
世の中はまこと二代(ふたよ)は行かざらし過ぎにし妹に逢わなく思へば(1410)


  二首ともに挽歌。1409の「あはれ」は面白がること。「うらぶれて」はうちしおれて。秋の季節の黄葉のうつくしさに惹かれて弱々しいさまで入っていったきり、妻は待てども帰ってこない。実際に妻がそういう行動をとったのではなく、死後の霊魂が山に入っていくという思想に基づいているという。幻想を喚起させる歌だ。死を予期した妻が、はっきりとそれと言わずに別の言葉で別れを告げる場面が思い浮かぶ。1410番も妻の死の寂しさを歌う。妻の死は疑いようがないが、もしかして妻に逢えるのではないかという幻想をいったんは喚起されるように私は受け取る。だがそれは未練だ、非現実だと作者は自分に言い聞かせる。「世の中はまこと二代は行かざらし」。二代あるならもう一度妻に逢える、もういちど人生を妻と送れる、ということだ。それができそうに思える時間が、幻想がわずかに人にはある。死は、ことに若年や壮年の死は無念であるとともに「謎」であるだろう。昔も今もそれは変わらない。
関連記事
スポンサーサイト
    14:08 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top
Comment







(編集・削除用)


管理者にだけ表示を許可
Trackback
http://oceanic.blog70.fc2.com/tb.php/575-8b1d9b4a
プロフィール

seha

Author:seha
FC2ブログへようこそ!

カレンダー(月別)
09 ≪│2017/10│≫ 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
最新の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
カテゴリー
月別アーカイブ
全ての記事を表示する
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

FC2カウンター
ブロとも申請フォーム
ブロとも一覧
ブログ内検索
RSSフィード
リンク