大洋ボート

『万葉集』巻七・1150,1158,1159,1179,1188

住吉(すみのえ)に家もが沖に辺(へ)に寄する白波見つつしのはむ(1150)
住吉の沖つ白波風吹けば来寄する波を見れば清しも(1158)
住吉の岸が松が根うち曝し寄せ来る波の音のさやけさ(1159)

  現在の大阪市にあたる地の万葉時代における海岸線は、現在よりもかなり内陸部に位置していた。大阪市内を南北に走る上町台地(難波宮付近を北端とする)付近までが海であったといわれる。おそらくは遠浅で、台地から眺める波が寄せ来る風景はさぞかし壮麗であっただろう。三首とも旅で住吉の地を訪れた人の手になるものとみる。いくらいい景色であっても普段そこに住んでいる人にとっては感動は少ないだろうから。現代は埋め立てや護岸工事がいたるところで施されて、遠浅の海を見ようとしても遠方まで足を伸ばさなければならない。私もさていつごろ見たのか、かなり前である。波頭を白馬の鬣にたとえた短編小説があったと思うが、これも記憶はおぼろだ。
  1150の「家もが」は家があればいい、の意。家があれば飽きるくらいに波と海をながめられるのに。「しのはむ」のシノフは賞美するの意。1158の風は向かい風か。風にあおられて波が勢いを増すのか、やや強い風を海岸で浴びるのも心地よいものだ。「清し」はすがすがしいの意。1159の松は「白砂青松」という言葉があるように海岸には付き物で日本人にはなじみある風景だが、この歌では視覚とともに聴覚も快感を受けとめるために動員される。波が遠浅の砂浜を行き来するたびに心地よい音を響かせる。夏ならなお爽快だろう。波をいっぱいに浴びる松の首根っこになってみたいと思うのではないか。

家にして我(あれ)は恋ひむな印南野(いなみの)の浅茅(あさぢ)が上に照りし月夜を(1179)


  「印南野」は兵庫県南部の明石川、加古川流域の平野部。「浅茅」は丈の低いチガヤで、チガヤはイネ科の雑草。平地に群生するそうだ。「恋ひむな」の「な」は詠嘆の終助詞。「月夜」は月そのものという。旅行者が旅先でうつくしい景色に出会うことは何もめずらしくはないが、この歌が少し面白いと思うのは作者が旅なれた人であり、しかも旅が好きではないかと推察したくなるところにある。おそらくは自費ではなく、たとえば役人か何かの職業にともなうものであろうが。何回も美しい景色に出会って帰宅以後もそれらを思い出すことを経験した。またそこに新たな旅の思い出が加わったということだ。時制としては、おそらくは見てからまもなくの浅茅の原っぱの上の月を「現在」としてもさしつかえないものを少し「過去」にしている。帰宅以後の時間が「未来」であることは当然だが、両者を歌の「現在」から距離をつくって自身の人生の流れるさまを見渡しているのだ。単一の風景を含みながらの人生の幸福感の吐露となっていると読んだ。

山越えて遠津(とほつ)の浜の石(いわ)つつじ我が来るまでに含(ふふ)みてありまて(1188)


  「山越えて」は「遠津」の「遠」にかけた枕詞。「遠津」は所在不明らしい。「含みてありまて」は蕾のままで待っていてくれの意。作者は同じ道を何回も往来していて、季節になると固有の場所にある岩につつじが咲くことを知っているらしい。おそらくは「石つつじ」のみならず、その道を歩むことで出会えるさまざまな花や風景が季節ごとに移り変わるさまのうつくしさになじんでいるのであろう。往来しながらそれらを愛でることがささやかな楽しみなのだ。わたしが来るまでは、つつじよ、咲ききらないでくれと願う。「山越えて」も単に枕詞と解釈せずに、実際に山越えの道があると受けとったほうが、出会いの喜び、つつじのうつくしさがいっそう引き立つのではないかとみるがどうか。言葉のリズムもこの歌はよい。

磯の上に爪木(つまぎ)折り焚(た)き汝(な)がためと我が潜(かづ)き来し沖つ白玉(1203)


  海人を職業とする人だろうか。しかし普段の仕事の上ではなく、妻のためにわざわざ「白玉」を潜って採ってきた。白玉は真珠をさすのか、願いがかないひと仕事を終えて焚き火にあたって暖をとる。妻も喜んでくれるだろうとの思い。そのときの疲労と充実感。いいものだ。
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