大洋ボート

『万葉集』巻六・918、925、932

沖つ島荒磯(ありそ)の玉藻潮干(ひ)満ちい隠り行かば思ほえむかも(918)


  山部赤人の歌。聖武天皇が紀の国に行幸したときに供奉して詠んだ。長歌にたいする反歌のなかのひとつ。ときに神亀(じんき)元年(724)。注釈によると、長歌にも出てくる雑賀野(さひかの)というところに聖武の離宮が造営された。雑賀野は現在の和歌山県新和歌の浦西北部にあたり、そこから玉津島と呼ばれた小さな島々が眺められたという。現在は陸地となってすべてつながっているそうで、「沖つ島」はこの玉津島をさす。和歌の浦は行ったことがあるが、海岸線が入り組んでいて丘からの眺めはなかなか風光明媚だ。現在陸地になっているということからも推察できそうで、島々の周りの海は引き潮になると浅瀬になったのだろう。長歌には人(おそらく女性)が藻(海草)を刈りに来たことが記される。逆に短歌では、「潮干満ち」引き潮が終わって満ち潮になると藻が見えなくなって、どうなってしまったのやら気がかりだ、あるいは藻が恋しく思われる、ということが歌われる。「思ほえむかも」はそういう気持ちがこめられたというので、省略形といえばよいのか。別に海面が藻を隠してしまったことをことさら恨めしく思う気持ちまではない。潮の満ち引きによって景色が変化するその全体が赤人にとっては気持ちがいいのだ。お供を命じられて景色のいい離宮につれてきてもらった。そのありがたみはあるが、それを短歌の主題とせずに、もっぱら風景賛美としている。天皇家への感謝と賛美は長歌のなかでふれられてはいるが。
  山部赤人はそのときどきの気分の高揚や感動を素直に歌にした。美しい女性をみれば愛人にしたいといい、海岸で藻をみればお供の人々に土産に家に持って帰れと命じた。だが現在の私たちからみて優れていると思われるのは引用した歌のように風景を読み込んだ歌に多い。抵抗なく観光気分にさそわれるからだ。
  次の歌は赤人が吉野離宮に行幸供奉したときの歌で、同じく長歌にたいする反歌のなかのひとつ。直前に同じく吉野に行幸供奉した笠金村の歌が掲載されていて同時期とすれば神亀2年(725)となる。

ぬばたまの夜のふけゆけば久木生(お)ふる清き川原に千鳥しば鳴く(925)


  長歌では離宮の風景にたいする賛嘆がこめられる。青々とした山の緑にふかぶかと取りかこまれて川の流れもうつくしい。春には花が咲き、秋には霧がたちこめる。大宮人(おおみやびと=宮中に仕える人)もよろこんでかよいつづけるであろう、という。赤人は大宮人ではなかったのか。つまり離宮の建物に上がることを許される身分ではなかったのかもしれないが、うらやむ気持ちがこめられているのだろう。たいして短歌では転じて夜の美しさを歌う。吉野離宮付近にも訪れたことがあるが、鳥の声は聴かれなかったものの吉野川の水量豊富な青々としたさまはなるほどうつくしい。またせせらぎも爽快であった。赤人は所定の宿泊施設に配せられてこの歌を詠んだのか。斎藤茂吉が指摘するように、この歌には昼間みた離宮の眺めの心地よさが残像として後を引いている。「清き川原」の「清き」がそれを物語っているし、長歌には対応するごとく「清き河地そ」という句もある。「久木」は植物種としては特定できないといわれる。昼間その木々を赤人は眺めいったのだろうし、宿泊所のすぐ近くにもそれはあるのだ。
  ゆっくり更けていく吉野。昼間にもまして夜もうつくしい。せせらぎの爽快さのなかにたくさんの鳥のさえずりも混じって聴こえてくる。すぐに寝入ってしまうのが惜しい、しばらくはこの爽快さに浸っていよう、というところか。秀歌だ。

白波の千重(ちえ)に来寄する住吉(すみのえ)の岸の黄土(はにゅう)ににほひていかな(932)


  車持千年(くるまもちのちとせ)という人の歌。これも長歌にたいする反歌。長歌では住吉浜のたえず白波の打ち寄せるうつくしい様が、いくら見ても見飽きないと称えられる。はじめて訪れたであろう風情が感じられる。「黄土」は染料にもちいる粘土のあるところ。現在の大阪市南部の住之江区や住吉区はすべてコンクリートで固められていて、そういうものがあったとはいわれてみないとまったくわからない。「にほひていかな」は嗅ぐことではなく触れることだそうだ。ふれることで衣服が自然にその色に染まることをさす。私たちが旅をして紅葉の季節ならば紅葉葉の一枚くらいはちぎって持って帰ろうという気持ちにもなるが、衣服を土地固有の染料に染めさせることも同じく旅の記念になる。写真に風景をおさめるのも同じことだ。旅情にひたる幸福感を三首から受け取った。
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