大洋ボート

『万葉集』巻五・887、888

  大伴君熊凝(おほとものきみくまごり)という青年が、官命によって上司に当たる人のお供をして筑前から奈良の都へと向かったが、途上病にかかって帰らぬ人となった。ときに18歳、天平三年(731)のことである。このことを悼んで麻田陽春(あさだのやす)という人が歌を詠んだ。さらにそれに唱和して山上憶良も漢文長の序を添えて長歌と短歌を残した。憶良の生年は660年とされているから、このとき70歳を超えている。熊凝本人の歌はないが、筑前守であった憶良はその情報にくわしく接することができたのだろう。またそれによるだけではなく、憶良は自身の若い頃もふりかえりつつ、痛ましくも親思いで誠実な青年像を歌い上げた。

「(前略)ただし、我(あ)が老いたる親、並(とも)に庵室に在(いま)す。我を待ちて日を過ぐさば、自(おのづか)らに心を傷(やぶ)る恨みあらむ、我を望みて時に違(たが)はば、必ず明(ひかり)を喪ふ泣(なみだ)を致さむ。哀しきかも我が父、痛(たへかた)きかも我が母。一身の死に向かふ途は患(うれ)へず、ただ二親の生(よ)に在(いま)す苦しびを悲しぶるのみ。今日(けふ)長(とことば)に別れなば、何(いず)れの世にか覲(まみ)ゆることを得む」

  熊凝は安芸国(あきのくに=広島県)で倒れ、死に臨んで言ったとされる言葉であるが、憶良の創作が多分に入っているのだろう。親思いであり、両親も息子の立派に成長するさまを期待している、またその思いを固く自覚するのも熊凝自身であり、家族のつながりの深さ、仲のよさを感得させるものがある。人は死からは逃れがたく、どんな賢人でも死んでしまう。まして私のような凡人がどうして死の魔の手から逃れる能力があるだろうか。省略した部分にそう書かれている。さらに両親は私の帰りを今か今かと待っているだろう。帰りを待つ時間が長ければはげしく傷心するだろう、私の帰りが約束の期日に遅れたならば失明するくらいに悲しみ泣きじゃくるだろう。ましてや、わたしがご両親に先んじて死することは私自身は諦めもしようが、ご両親にとっては耐えられないほどの苦しみを味あわせることになる。漢文調独特の激しさをつのらせる文体、硬い文体である。両親に会えないまま死ぬことのつらさを主に両親を思いやって詠んだのが序である。
  それに比して長歌や短歌ではより熊凝自身に寄り添って歌われる。雅語のもつやわらかさが発揮されて、ほっとするのではないが「万葉調」本来に戻る。長歌は引用を省略するが、道の隅に草や柴を敷いて臨時のベッドをつくり病身をいたわるが、父母に看病してもらったならせめて慰みにもなる。犬のように死んでいく運命が無念でならないとある。

たらちひの母が目見ずておほほしくいづち向きて我(あ)が別るらむ(887)


   「たらちひ」は母の枕詞。「おほほしく」は心が晴れず憂鬱なさま。「いづち向きて」は安芸にある熊凝が肥後(出身の地)にいる母の方角に向かって別れの挨拶をしようとするものの病苦による意識混濁のためにその方角がわからないことを指すそうだ。憶良がまるで熊凝の野外の臨時の病床に立ち会っているかのような想像力のとどきようだが、憶良はその長い人生のなかで、何人もの人の死に様になまなましく接してきた体験があってその記憶を引き出してきたと思いたい。死に臨んだ人の哀れさを表現したいという欲求が歌詠みとしてずっと以前からあって、ようやくここへきて定着しえたということだろう。それとやはり死ぬときは父ではなく母をまっ先に、そして唯一強く面影に浮かべようとするものなのか。「序」では父母を均等に歌ったのだが、言葉を凝縮する短歌となれば、よそ行きではなく本来の思いが露出するのか。この歌によってその思いをはじめて喚起されたのではないが、それが男性の自然の姿なのだろうか。(890、891では「父母」がふたたび出てくる)

常知らぬ道の長手をくれくれといかにか行かむ糧(かりて)はなしに(888)


  「くれくれと」は暗い気持ち、状態のままでの意。普段まったく知りようもない旅の長い道のりを心も暗く食料もなしにどうやって行ったらよいのだろうか。旅は冥土へ行くことを指すようだ。冥土=死はだれでもが一度は旅立たねばならない地であるが、だれもが行ったきり帰ってこれない。だれもがそこがどんな場所であるか知らない。現世で善行を積めば冥土において豊かで楽な生が授けられるともいう。悪行を犯せば逆に地獄の責め苦が待ち受けているともいう。だがそれらは人が現世において考えた思想であることをだれもが知っている。だから思想の粉飾なしに死を見据えることもだれもが知っているのだ。そしてやはり死はわからない、怖い。まして若い人が突然の死を前にしてどうすればよいのか、という痛切な思いが歌われている。「糧はなしに」食料にかぎらずとも何か頼りになるものを携えて行きたい、そういう感傷にもすがりたくなる。憶良が青年のいたましい死に仮託して詠んだ歌だが、死への思いは老年になってもやはり同じだという、残酷だが逃れようがないという憶良自身の強い思いが充填されている。
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