大洋ボート

めぐりあう時間たち(2002/アメリカ)

めぐりあう時間たち [DVD]めぐりあう時間たち [DVD]
(2011/04/22)
ニコール・キッドマン、メリル・ストリープ 他

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  ニコール・キッドマン扮する作家のヴァージニア・ウルフが入水自殺をとげるところからこの映画ははじまる。1940年代のイギリスのことで、そのつぎに1950年代のアメリカ、専業主婦のジュリアン・ムーアが夫と子供にかこまれて一見幸福そうな暮らしぶりが描かれる。だがジュリアン・ムーアはヴァージニア・ウルフの小説を読んでいて、たぶんその主人公がウルフ自身と同じく自殺するのだろう、その運命に強く惹かれてしまう。3番目には2000年代の同じくアメリカ、メリル・ストリープが花屋へ行って花を注文する場面になる。友人のエド・ハリスの詩の受賞パーティを開くためで、メリル・ストリープは満足そうな表情だ。だがエド・ハリスはエイズに侵されたこともあって厭世的だ。後にわかるがエド・ハリスはジュリアン・ムーアと切っても切れない関係にある。
  何故人は自殺したり逃亡したりするのか。この映画からはその詳細な答えはえられない、というよりも映画という器がこの手の問題を分析することにとっては不向きで、むしろ文学や精神医学がそれを正面から引き受けるべき器なのだろう。私たちは、人はともすれば生きづらくなって、死にたがったり逃げたがったりするものだということ、誰でもが多かれ少なかれ思い当たるふしがあるということを、自分の経験や周辺からの見聞で納得すればいいのだ。いくら家族や友人から親切にされても、それがかえって負担になる。親切や愛情をお返しすることができない、愛情を人に注ぐということがとんでもなく遠い行為で、ときにはそれが偽善に感じられて苦しまずにはいられない、そういう人間像をこの映画から受け取ればいいのだと思う。希望を持って前向きに生きるという一見当たり前そうなことが、人によっては紙一重で、闇の向こう側へ転落しかねない人々がいるということを知ればいいのだ。
  ニコール・キッドマンは他の映画とは表情がちがう。たえず眉間に皺を寄せて神経過敏そうで暗い。ジュリアン・ムーアの人生も衝撃的だ。1950年代の上り調子のアメリカの中流家庭で、映画は最初は幸福そうに彼女を描くが、そうでもないことが展開によってわかる。母の変調を長男が敏感に感じ取るのは痛ましい。そして老年になってからのムーアが2000年代にメリル・ストリープの前に登場してその人生のありさまを劇的に視聴者にわからせる。エド・ハリスも、エイズに侵された詩人で家庭に恵まれなかったという役を、役になりきるごとくに演じて見せてくれる。そうした変調をきたした人間群像のなかにあって、メリル・ストリープだけが「健全」であるばかりでなく、たいへん頼もしく感じられる。エド・ハリスにたいする話しぶりと表情は、まさしく不幸のどん底に落ちた親友を前にしてのものだからだ。
   ★★★★
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