大洋ボート

『万葉集』巻三・328~332,334

あをによし奈良の都は咲く花の薫(にほ)ふがごとく今盛りなり(328)


  有名な歌で、作者は小野老(おののおゆ)。平城京の隆盛をたたえた内容で、まるで平城京のキャッチコピーだ。三十一文字のはじめから終わりまで淀みがなく覚えやすい。しかし感動は少ないのではないか。短歌は実景があって、遠くても近くてもそこに作者がいて心の動きがあるものでなくては佳作とはいえないと思う。都の盛りとは、新しくできた都に人が活発に往来し経済も潤うということだろうが、それも実景にはちがいないが、たとえば繁華街の交差点を映すニュース映像のようなもので、それほど心を動かされはしない。少しは幸福な気分になるのかもしれないが、現況報告という以上にいくらも出ない気がする。なお、「薫ふ」は匂いとともに色の鮮やかさも指すそうだ。
  この歌が披露されたのは大宰府における宴会でのことだそうで、(つくられたのが奈良においてであったにせよ)それならばまた別の意味合いをもつのかもしれない。宴会だから出席者に酒食が供されるのだろうが、創作歌の発表の場でもあった。詳しくは知らないが、現在でも俳句や短歌の合同の発表会があるそうで、万葉の時代からそうしたことが行われていた。この歌が順番として最初に披露されて、都をなつかしむことに関連づけられた歌が、別の歌人によってつぎつぎに披露された。歌の題を限定づけるためにもこの歌は供されたといえる。だがその席で歌のかずかずはいわば即興でつくられたのか。推測するしかないが、わたしはそうではないと思う。あらかじめ小野老のこの歌だけが複数の歌人に知らされて、歌人は宴会にさきがけて想を練ったと思うのだが、どうだろうか。

やすみしし我が大君の敷きませる国の中(うち)には都し思ほゆ(329)
藤波の花は盛りになりにけり奈良の都を思ほすや君(330)

  小野老の次であろうか,「あおによし」の歌に沿って披露された歌で、作者は大伴四綱(おおとものよつな)という人。「わたしは日本のなかではやはり奈良の都が一番になつかしく思うばかりだ」「藤の花が満開になった。奈良の都を思うのでしょうか、あなたは」という意味。「ここにいる誰もがそうでしょうが、わたしも奈良が恋しい。あなたもそうじゃないですか」と列席者に同意を求めた内容だ。わざわざ歌にするほどのものではなく、平板というしかないが、司会進行役を自覚したうえでの発言と受けとるべきだろう。それでも歌にしたのは三十一文字という表現手段が当時大流行下にあって不自然ではなかったからか。現代のツィッターみたいなものか。なお(330)の「君」は大伴旅人を指すとも出席者一同を指すとも諸説ある。そして大伴旅人の歌につづく。
  大伴旅人(665~731)は728年頃から730年まで太宰帥(だざいのそち)という位にあった。大宰府における長官に相当する最高位にあり、歌人としてもリーダー的存在であった。真打の登場というところか。

我が盛りまたをちめやもほとほとに奈良の都を見ずかなりなむ(331)
我が命も常にあらぬか昔見し象(きさ)の小川を行きて見むため(332)
忘れ草我が紐につく香具山の古りにし里を忘れむがため(334)

  「をちめやも」の「をち」は若返るという意味の「をつ」の連用形で、若返ることがあろうか、いや、という反語。「落ち目」ではない。「ほとほと」は不確実や不安をあらわす副詞。奈良の都に帰りたいが、それまで元気でいられるだろうか、自信がもてないという意味。332の「象」は奈良県吉野郡の地名で、吉野離宮のあった宮滝付近。「常にあらぬか」はいつまでもあってほしいという希求の意味。旅人は当時60代前半だから、その時代は現代よりも平均寿命がかなり短かっただろうから、健康にたいする不安は当然あっただろう。334は悲痛さが少し高じているのか。もう都に帰れなくてもよい、都を思い出してじりじりするよりもいっそ忘れたほうがすっきりする、ということか。「忘れ草」は衣服につけると憂いを忘れられるという言い伝えがあり、流行したようだ。効果を限定した一時的なお守りというところか。ユリ科の植物で、ネットの写真で見るとなるほどユリに似ている。望郷の念を中心に据えた、いずれも堂々とした歌いっぷりである。旅人は730年に無事帰郷を果たし、翌年死去した。

日本古典文学全集〈2〉万葉集 (1971年)日本古典文学全集〈2〉万葉集 (1971年)
(1971)
不明

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昔見し 象(きさ)の小川【鵜野讃良皇女→ 持統太上天皇】を今見れば
 いよよ清けく なりにけるかも    (巻三・〇三一六)

春の小川は さらさら行くよ……春の小川(雄略天皇が愛した桜児)は さらさら(桜児・鵜野讃良皇女)行くよ♪
桜児・鵜野讃良皇女  [URL] [Edit]







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