大洋ボート

大沢在昌『語りつづけろ、届くまで』

語りつづけろ、届くまで語りつづけろ、届くまで
(2012/04/25)
大沢 在昌

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  坂田勇吉という青年が主人公のシリーズものの最新作。坂田は某大手食品メーカーのサラリーマンで宣伝担当をしている。今回は老人向けのやわらかいせんべい類の売込みが会社方針で、坂田は東京の下町の老人ホームや老人会に慰問におとずれ、せんべいを無償で配り試食してもらう。老人をむやみに「おじいさん」「おばあさん」と呼んではならない。固有名詞でかならず声をかけること、また同情を押しつけると反発を食らう、そういう先入見を捨てなければならない、というのが坂田のモットー。それにもともと坂田は老人と話すことが苦痛ではない。また勇吉は将棋の腕がそこそこで、ユキオさんという将棋好きの老人と仲良くなったことをきっかけで、老人たちとの良好な関係を築く。
  老人会のメンバーの身内で玉井という中年の男がいる。ホモ・セクシュアルで派手な服装をしていて「健康まくら」の全国販売を計画している最中で、この商品も老人が主なターゲット。そこで玉井は、老人の扱いが巧みに見える坂田に目をつけて、募集したセールスマンへの講演を依頼してくる。坂田の体験をセールスマンの参考にさせようとするのだ。自信は無いもののあっさり断れずに坂田は引き受けてしまう。だがつづいて刑事を名のる二人の男が坂田に近づいてきて、玉井はじつは詐欺師で、今回の「健康まくら」もその仕事であるとにらんでいるが、内偵捜査のために講演の依頼はもとより、玉井との接触をつづけてほしい旨頼まれる。数日後、坂田は講演会場の下見と打ち合わせのために玉井と都内の小さな会館で夜に待ち合わせるが、玉井はやってこずに代わりに身元不明の男の刺殺体を発見するハメになる……。長めになったが、ここまでが全体の4分の1くらいで事件の発端までの概略である。
  『新宿鮫』シリーズの鮫島刑事とちがって坂田は犯罪捜査にはズブのシロウトだが、何故か事件に「巻きこまれる才能」があるといわれる。また勇猛果敢さよりも恐怖心が先立つ人間として描かれる。警察組織なら、横割りや縦割りでおのずから組織が細分化されていて縄張り意識がありときには捜査方針のちがいもあって、警察内部から情報をとるにも鮫島は苦労しなければならない。秘密裏に一匹狼的に行動しなければならないこともある。だが坂田にはそういう組織的な複雑さはなく、複雑さといえば事件そのもののつぎつぎにあらたな事態が生起する意味での複雑のみであり、シンプルだ。また以前の大沢に比べて、犯罪にまつわる人々にたいする人間的興味がうすくなっているのではないかという不満がのこる。
  だが、きびきびした会話体は健在だ。会話のなかで事件の全体を俯瞰しようとする意志が最後まで持続する。この俯瞰図の完成を追わせることで大沢は読者の興味を最後までつなぎとめる。最初はぼんやりしていて輪郭がしだいに露わになっていくと思えば、ふりだしにもどり輪郭を書き直さなければならない。そして最後には細部の完成、つまりは事件の全容解明と犯人逮捕に行き着く。油彩画の製作過程を見るようではないか。読みやすい文体で、それでいてだらだらしないのも勿論美点である。
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