大洋ボート

よしもとばなな『スウィート・ヒアアフター』

スウィート・ヒアアフタースウィート・ヒアアフター
(2011/11/23)
よしもと ばなな

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   簡明な言葉で綴られていて、ちょっと手を伸ばせば届きそうな世界にも思えるが、実際にはそうではないのかもしれず、かなり高貴な世界に足を踏み入れた感覚をえた。作者の品格のなせるところであろうか。はじめは眩いばかりの「臨死体験」を主人公が見据え、それから外の世界に主人公がなじんでいくにつれてうっすらとした浮揚感に変わり、心地いい緊張感が全体として持続する。
   小夜子は恋人の洋一と同乗していた車で事故に遭い、洋一は帰らぬ人となった。小夜子も下腹部に鉄棒が刺さるという重傷を負い生死のあいだをさまよったが、一命をとりとめ二年間のリハビリ生活ののち一般人として復帰できるまでに回復する。洋一は鉄棒と木で組み合わせたオブジェを製作する芸術家であったので、その残務整理があり、小夜子は生活する東京とアトリエのある京都をしばしば往復することがしばらくつづく。また古びたアパートに住む西方あたるという人と知り合いになり、そのアパートの空いた部屋に一人住まいをすることになる。きっかけはあたるの母の幽霊を小夜子が目撃したことだった。そのほか、以前からの知り合いである酒場経営の新垣という人がいる。新垣の酒場でも小夜子はしばしば幽霊を見る。
   小夜子は洋一の死後「変わった」ようだ。外見や服装のことも最小限書かれていて知人にも変わったと思われるが、それはせまいつきあいの世界に身丈を合わせようとすることを放棄して、素直さを優先したからだという。知人らは「臨死体験」によって小夜子は変わったとわかった気でいるが、小夜子はその言葉で一般化されることを嫌う。いまにも死んで行くかという意識のなかで彼女はできれば洋一の代わりに自分が死んであげたい、自分だけが助かりたいとは露ほども思わなかった。そういう揺るぎない思いを抱きながら死の世界に引き込まれていった。「臨死体験」でよくいわれるきらきらした、それでいてぼんやりしたえもいわれない心地よさはここでも記されるが、そこには小夜子固有の洋一への思いがどっしりと付加されている。くどくどしい説明はなく、小夜子がまた作者が私はそういう人間なんだと、自然なことだとごくあっさりと表明していて、私でなくても少しはたじろぐのではないか。その思いはまた復帰後の小夜子の土台とも自信ともなる。誇らかで上品だ。
   死者との交流の世界がつづく。小夜子と洋一はほんとうに仲がよかった。将来の結婚も視野に入っていた。しかしその詳細は書かれない。亡くなった悲しみも直接性としては「泣きに泣いた」というように簡潔に記されてながくは立ち止まらない。それでいいと思う。洋一の死後、また自分が生き返ったのち小夜子の人生は「白紙」にもどった感があり、そこには不思議にも快感さえある、なにか新たなものがはじまりそうな予感が腰を下ろしている、そういう世界が待っている。死者洋一の残したかずかずの作品は、洋一その人ではないが洋一の命が投影されている。それにあらためて触れること、またアトリエを借主に明け渡すために別の倉庫に運んだり、すでに展示されている会場と連絡したりすること、これは洋一が小夜子とともにするはずであったことを小夜子が一人ですることに代わる。洋一の代行をすること、洋一の代わりに生きるということに他ならない。そこにどんな感慨が流れ出すのか、切羽詰った感情ではなく、そういう仕事をさせてもらっていることへのごく自然に沸きあがってくる感謝の念だ。自分が生きていることはもしかしたら洋一の魂がそこに乗り移っているのかもしれないなら、そうして身丈に合った幸福に少しずつ近づくことが洋一の歓びになるのだとしたら、この世界に感謝せずにはいられない。しかしこれは前向きさ一辺倒ではなく、やはり死者は死者であるから寂しいに違いなく、寂しさを芯の部分で受け止めてもいる。
   身近な死者であるからこそ死者との交流は持続する。小夜子は洋一の作品を管理するのは洋一の両親に委嘱されるからで、そのため洋一の両親との交流もつづく。小夜子は両親に接するたびに洋一の面影を見出すが、両親もまた小夜子に洋一の面影を見出す、そしてそれを小夜子が真正面から照れずに自覚することがうつくしい。涙ぐんでくる。小夜子が結婚し子供を生んだら孫のように可愛がりたいと洋一の母は言うが、お世辞ではなく正直な気持ちだろう。小夜子は洋一にもその両親にも愛されているという自覚から逃げず、ここでも厳粛に感謝の念をもつのだろう。
  死者は寂しい。冥土へ行ったきりになりたくはなく、現世への未練を断ちがたい。その気持ちを身近な生者が汲みあげ、あたかも死者が現在も生きているようにふるまう。そして単独ではなく、そういう生者同士がつながりをもって互いの死者を思いやる。死者への追悼はそんな順で広がるのだろうか。またそういう生者はこの小説ではあくせくしない。現世的欲望にふりまわされることなく、そこから身を引くように見える。実際はそうでもないのかもしれないが作者によって捨象されている。小夜子が西方あたるの住むアパートの前に来たとき、あたるよりも先にあたるの母の幽霊に遭遇する場面はわさびが効いている。その世界にすっと入って行けるというものだ。
   よしもとばななの世界は繊細かつピアノ線の丈夫さをもつ。私の粗雑な筆であまり書くと、その世界からかえってとおざかってしまいそうだ。
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Comment
2012.09.22 Sat 20:57  |  seha #-
>ジュリさん、ありがとうございます。

主人公は死んだ恋人の両親とも、その後もずっとつきあっていくようですね。
それが緊張感はあるものの、肩肘をはったところがない自然さがある。美しいと思いました。

よしもとばななさんは、作家になる以前に親しい人から信頼されている、
そういう土台を持った人だと思いました。


Re: タイトルなし  [URL] [Edit]
2012.09.22 Sat 15:57  |  ジュリ #-
よしもとばななさんの作品は繊細で美しいですよね。
小夜子が事故に合ってから回復していき、普通に暮らせるようになっていくのを読んで元気をもらいました。
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