大洋ボート

窪美澄『青天の迷いクジラ』

晴天の迷いクジラ晴天の迷いクジラ
(2012/02/22)
窪 美澄

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  ドロップアウトすることの不可避さが描かれている、一時的であれ、恒久的であれ、人間は切羽詰ってしまうとそうせざるをえない存在であることが肯定的に、さらには奨励するように描かれている、そういう小説として読んだ。そうしてドロップアウトした先に束の間でもいいから休息があってそのうえコミュニティらしきものに出会えればなおいい、息苦しかった昨日までの自分を客観的に見つめられて少しは元気も湧いてくる。作者が読者に届けたいのはそういう人生(半生)経験なのだろう。毎日同じことを繰り返せば繰り返すほど苦しいのならいっそのこと自分の持ち場を放棄してみる、がらりと環境を変えてみる、そうすると予期しなかった風が吹いてくることもある、いいことばかりが待ち受けてくれているとはかぎらないが、希望さえ見えてくることもあるということだ。異論は格別に私にはないが、作者の掲げたいかかる主題が見えてくるのは第4章になってからのことで、これはかなり遅いのではないかと首を傾げたことも記しておかなければならない。
  それまでの3章は息苦しい。やすらぎをうることができない家庭環境や職場環境が三人の主要人物に沿ってこまかく描かれる。由人(ゆうと)は兄や妹とちがって何故か母から煙たがられおばあちゃんっ子として育つ。兄や妹との対立は解けるどころか成長するに従って固定化の一途をたどる。居場所がない由人はやがて上京し小さな広告デザインの会社に就職するが、ここが安月給のうえ猛烈に忙しいところで、ついには会社に寝泊りしなければならなくなって恋人にも自由に会えなくなって愛想をつかされる。その会社の社長の野乃花は十代で結婚したが、嫁ぎ先の環境や夫になじめずに赤ん坊を捨てて家出する。もともと絵画の才能があって都会生活での転変ののちにくだんの会社を立ち上げたが、単価の連続的な切り下げにあって、書いたように急速に経営が悪化していく。もう一人の主要人物の正子はこれも家庭環境が悪すぎる。姉が幼児期に死亡したことが母のトラウマになって、次女を同じ目にあわせるわけにはいかないと日常のこまごましたことに猛烈に干渉してくる。高校生になってようやく無二の親友を見つけることができるが、ここにも母は介入してきて仲を引き裂こうとする。
  ざっとだが、こんな具合で、ああこういうことってありそうだなあと読者を思わせるのには十分に材料がそろっている。子供にとっての家庭環境、大人にとっての会社の環境や経営状態、いずれをとっても子供や個人の力ではどうすることもできない大きい壁で、我慢をかさねるしかないが、それで報われるものでもなさそうだ。由人は先輩社員に心療内科への通院を勧められ、精神安定剤を処方される。先輩連中も仕事のきつさを知り抜いているのだ。このあたりは小説というよりもノンフィクション的な興味をそそられるのだが……。しかしながら3章にわたるこの深刻さが第4章になると急転して明るくなり、今まで読んできたのは何だったのかという気にさせられる。3人とも自殺未遂かその寸前まで行ってしまうので、たかがクジラ見物でそんなに明るくなれるものかいなあと、疑念を呈せざるをえないのだ。ほんの出来心として捉えなおせばいいのだろうか、ちょっとそれは無理ではないか。
  この3人が家族を騙って、クジラの迷い込んだ漁村のとある一家に宿泊させてもらって仲良くなっていくのだが、別に嘘をとがめだてしようとは思わない。ここは束の間の休息を3人とも満喫するようで読んでいて悪い気分ではない。
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