大洋ボート

メリメ「アルセーヌ・ギヨ」

カルメン (新潮文庫 (メ-1-1))カルメン (新潮文庫 (メ-1-1))
(1972/05)
メリメ

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  上流階級に属する女性の行動とそこに秘められた自分でもなかば意識しない心理が描かれる。作者メリメの身近に存在したであろう女性にたいする観察眼にもとづいているのだろうが、そこには鋭さとともに意地悪さも感じられる。
  翻訳者堀口大学の訳注によると時代は17世紀の半ばであるらしい。教会への帰依心の強いド・ピエンヌ公爵夫人が書いたところの主人公である。教会への寄進や貧乏な人への施しは無論のこと、身近にいる人の不道徳な行いを非難し、そこから抜け出すことをしきりに勧めたりもする。あと二人主だった人物として、かつてオペラ座の踊り子で飛び降りによる自殺未遂の末、ド・ピエンヌ夫人に手厚い保護を受けるのが題名にもなっているアルセーヌ・ギヨ。もう一人は夫人の幼なじみで、踊り子をしていたときのアルセーヌと恋愛関係にあったマックス・ド・サリニーという男性である。
  この時代の教会と世俗の関係については私は無知だが、ここではキリスト教的道徳観にもとづくであろう複数の異性との性的関係や「不倫」関係が非難される。これは弱まりこそすれ現代にあっても根強く存在する道徳観であって、そこだけ理解すれば読む段には足りるだろう。ド・ピエンヌ夫人も当然のごとくこの立場を固守する。
  ド・ピエンヌとサリニーとの間に互いに未婚であった時代に結婚話が持ち上がったことがあるが、ド・ピエンヌ(そのときは旧姓)の両親はサリニーを甲斐性不足と見てあっさり取りやめになる。そののち女性は現在の男性と結ばれるが、上流階級の同じ範囲の交際のなかにサリニーはずっと姿を現わしつづける。その間独身だ。サリニーは浪費家で賭博好き、遊び好きとくるから、その点でド・ピエンヌにとっては非難の的になり、そういうふしだらな生き方からサリニーを立ち直らせたいと念じて、説教じみたことを言い聞かせ、サリニーもたじたじとなるようだ。書き忘れてはならないのはド・ピエンヌはサリニーが自分にかなり前から「横恋慕」していると思っていることで、当然その要求も諦めさせなければならないと決めている。サリニーがほんとうにその思いを抱くのか、作者からの説明はないが、おそらくは憎からず思うであろうと見られる。(アルセーヌが一目見ただけで、それを言い当てる場面がある)ただそれほどのさしせまった深刻さはないようだ。また「横恋慕」されることにド・ピエンヌはじつは深い心地よさを感じていながらも、それを自分ではなるべく意識しないでいようとするようでもある。肉体関係は戒めるものの頻繁に会いに来てほしい、という虫のいい要求で、メリメは女性のそういう欲求を書きたいのだと思う。
  アルセーヌにとってはサリニーは唯一の相手ではないが、彼が去ったあとの追憶のなかで唯一の恋の相手となる。その時代なら踊り子という職業は低収入だったのだろう、それだけでは生活できずに見初められた男と愛人契約を交わしてはしのいでいった。そのなかの一人がサリニーだった。自殺を企てたのは関係を復活させようとして連絡したところサリニーに断られたからで、復讐かあてつけにあたる。複数の相手のなかから一人を思い出して恋するということもよくあることで、それ自体は非難できないことだろう。
  ド・ピエンヌは二人の過去の関係を劇的に知らされ、「瞋恚をもやす」(堀口の解説)。アルセーヌを保護する行動はクリスチャンという上辺を装った「虚栄心」であるとメリメは記す。そしてアルセーヌのような身分卑しい女性への軽蔑とあらたに湧いた敵愾心は彼女にとってはじつに自然な成り行きだ。ここからド・ピエンヌの次の行動がはじまる。二人への嫉妬にかき乱されるからで、もし二人の関係が復活したらと思うと穏やかではいられない、二人を引き裂こうとする。しかもむき出しにではなく「道徳」という偽善を装って。過去の二人の関係は神の見地からは不浄であり、それを追憶することは罪深く、忘れるべきで、ましてや復活させようなどとは金輪際企んではならない、小説の言葉どおりではないが、要約すればこんなところか。だがアルセーヌにとっては純粋にサリニーを「愛した」という思い出であり、美しさであり、プライドである。またサリニーにとっては自分を思慕してくれてそのせいで重傷を負ってしまったアルセーヌにたいする深い同情と愛情であり、これも人として自然で崇高な感情の発露といえる。だがこのときのド・ピエンヌは自分の落ち着かない感情のためにそれらのことがみえなくなっているのだ。
  このあとの展開は省略することにする。ただ彼女の家で二人きりになったときは、以前にもましてド・ピエンヌはサリニーを意識してしまわずにはいられない。
  「カルメン」「タマンゴ」「エトリュスクの壷」に比べると重要度は落ちるかもしれないが、駄作ではない。女性における言葉と心理の二重性には誰にでも思い当たるところがあるのではないか。
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