大洋ボート

メリメ「エトリュスクの壷」

カルメン (新潮文庫 (メ-1-1))カルメン (新潮文庫 (メ-1-1))
(1972/05)
メリメ

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  嫉妬というものは一旦その罠にからめとられてしまうとなかなか抜け出すことができない、理性で制御しがたいものであることを私たちは体験的に知っている。そして過ぎてしまえば、それがささいなものであればしだいに忘失することが多いのだが、嫉妬した当人がこだわると忘れられないのみならず、当人に少なからぬ打撃を与える。とくにその出発点が誤解であるならば、知性における自信家にとっては自分の阿呆さ加減を思い知らされることになる。さらに若い時代においてそういうことを初めて味わうともなるとプライドをずたずたにされて、挫折感に陥ることにもなりかねない。この短編の主人公オーギュスト・サン・クレールがそれにあたる。ともあれ、嫉妬にからめとられてしまうと、冷静になって元の立ち位置に帰って事態を眺めなおすことがなかなかできないもので、誤解であるならば「真相」をさらに深くえようとして、誤解の傷口をいっそう広げることにもなりかねない。嫉妬は相手への憎悪と不信を増幅させる。
  サン・クレールは美貌と知性で評判の高い未亡人マチルド・ド・クールシーと恋人関係にあり、時期が来れば結婚したいと思っている。本人は社交界においてはこのことを決して打ち明けないが、二人が仲のよいことは彼とつきあいのある人たちにとっては周知である。「社交界」はこの短編では女性をはじめとして自慢話をしあうことがメンバーの楽しみであり、一方が秘密を打ち明ければ聴き手もそれに見合うように自分の秘密をさらさなければならないという一種不文律が存在するようだが、サン・クレールはそれにしたがわず、マチルドの名が出ても仲のよい知り合いであるということは認めてもそれ以上は言わず、素通りするのが常である。そういうサン・クレールの態度にメンバーは飽き足らなさを抱くらしく、あるときアルフォンス・ド・テミーヌという軍人がマチルドに関する噂をサン・クレールに吹き込んだ。あくまで噂で確証があるのではないと断ったうえでだが、サン・クレールがマチルドと知り合う以前にマッシニーという男がマチルドとねんごろであったという。マッシニーはすでに死去した男だが社交界のメンバーでありサン・クレールはじめ全員がよく知っていた。美貌の持ち主ながらあまりにも話下手でつきあわされることが苦痛このうえなく全員の軽蔑の対象になっていた人物である。またマッシニーはエトリュスクの壷をマチルドに贈呈したといい、サン・クレールはすでにそれをマチルドの別荘(二人の逢引の場所)で見ていて知っているが、マッシニーから贈られたものであることはテミーヌによってはじめて知らされたようだ。
  サン・クレールはテミーヌの話を鵜呑みにしてしまい、はげしく動揺する。マッシニーのような平凡な男と自分が女によって同列にあつかわれることが、彼の世界観を根本的に瓦解させるものだからだ。自分は社交界で誉れ高い男性のなかから(テミーヌもそのなかの一人)マチルドによって選抜され、自分もまたパリいちばんの美貌と知性の持ち主の女性を選んだ、そして二人はそういう自負のもと相思相愛になり幸福の頂点を極めているつもりだったが、テミーヌの言うことが本当ならば、マチルドという女はたんに熱心に言い寄ってくる男にやさしいだけの淫売ではないか。
  サン・クレールはマチルドを憎み、つきあいを御破算にしようかとも思うが、ここが恋心の理性ではどうしようもない勢いで、矢も盾もたまらずマチルドの別荘に急ぐ。いつものように肉体関係を持ちサン・クレールは幸福感をえるが、嫉妬はおさまらず、彼の様子を変に思ったマチルドが聞きただし、この時すぐにではないが、最終的に誤解は見事に氷解する。マッシニーを鼻にもかけていなかったことを出来事の細部にわたって説明してさらにダメ押しのために、マチルドは例の壷を床に投げて木っ端微塵にするのだ。サン・クレールはマチルドに泣いて謝る。正真正銘の涙で、マチルドもそれを見てさらに感動と愛情を深める。二人の関係は以前にも増して強くなる。ここまでくればめでたしめでたして通常の恋愛話である。だがここで終わらないところがこの短編のいいところで、印象深さを読者に刻みこむのもそのあとの展開である。だが私はストーリーを追いすぎている。

情熱にかられている場合、自分の弱みを傲慢の高所から見くだすと、多少自尊心の慰めが味わえる。そして一人言のように自分に言い聞かせる、〈なるほどぼくは弱いかもしれないさ、だがそれがどうしたというのだ!〉(p247)

  理性の延長上の情熱ではなく、理性をねじ伏せるに見えてしまう情熱への没入。マチルドに会ってはならないというのが理性の声だとしたら会いたいという「情熱」は破れかぶれだが、そういう情熱の高まりも若い時代ならではかもしれない。私にも覚えがある、いい描写だ。さらに誤解をそのままにサン・クレールが壷にたいして鍵をもってかちかちたたく場面。マチルドも見ていて、もうすこし強くたたくと壊れるのではないかとはらはらさせる。ここもすぐれた書きぶりだ。
  テミーヌは何故噂話をサン・クレールに吹き込んだのか。仲間に打ち解けようとはしないサン・クレールを揶揄したのか。いじめの快感があったのか。それとも自分も好きなマチルドのことを思って彼のほうこそサン・クレールに嫉妬したのか、そのあたりは不明だ。だがサン・クレールはマチルドを憎むとともにテミーヌにたいしても憎しみと憤懣を抱いたようだ。噂話を耳にしてからのち、サン・クレールは森で馬を駆らせていたときにふたたび彼と出会う。彼も馬上の人であったが、何故かしつこくつきまとうテミールに立腹して(細部は省略)決闘の約束をしてしまうのだ。決闘の日はすでにマチルドと仲直りしたあとなので、反故にしてもよさそうだが、サン・クレールは理性の人で約束を履行する。
  人間の神秘を私は感得した。またサン・クレールが哀れだとも立派であるとも受け取った。相思相愛の人であればその人と真っ先に話し合って誤解なり何なりを解くのが本来のあり方であるが、人は往々にしてそうはせずに第三者のいい加減な話を真に受けてしまう。サン・クレールもその幣に陥ってしまった。そしてそれを彼は自分の至らなさ、馬鹿さだと認識してかぎりない憔悴に落ち込んだ。知性に自信家であったサン・クレールであっただけに地獄にもひとしい責苦にさいなまれたのである。噂話をもちこんだテミーヌを怨むよりも彼は自分を責めた。選んだのではなく、彼の理性的心情が自然にそうさせた。誤解が解けたのちのマチルドとの幸福がつづいたとしてもこの憔悴はなおも彼のなかに持続した。メリメはずいぶんさりげなく小説を終わらせているが、知性や理性というものの持つ運命の一つの究極の姿をあらわに見せてもらった気がする。これは私には少ない部分だけに、哀れであると同時に爽やかさも微かにわきあがったところである。
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