大洋ボート

吉本隆明

  吉本隆明さんが亡くなられた。家族や知人、親類縁者の死は重いものがあるが、吉本さんの死の知らせは私にとっては別の意味でやはり重い。高校を中退し、左翼の運動からも身を引いてからの1970年代がいちばん彼の著作を読んだ時期である。というよりも興味を持って読めたのは吉本以外にはなかった。私は馬鹿であったから、手間勝手な心の飢えを吉本の本が満たしてくれそうな気がしていた
  革命に背を向けたとはいえ、やはりその炎はまだ私の中で燻っていた。それをどう処理していいかわからぬままにいたずらに時間が過ぎていくなかで、すぐ眼の前には生活が迫っていた。吉本は「日常の繰りかえしに耐えられない者は、どんな立派なことを言っても信用するに値しない」という意味のことをいろんな著作で書いていた。日常とは退屈でつまらなくて価値のないものと、そのころの私は尊大ぶって片付けたがっていたようだが、吉本のこの言説はボディ・ブローのように私を追い込み、それはそうなんだろうなあと納得せざるをえなかった。大衆の生活のなかに最大の価値があるとする、いわゆる「原像としての大衆論」である。だがその言葉を受け入れてもみずからの実践でそれを証明づけることは、やはりたいへんなことだった。仕事がなかなか習得できず凡ミスも多かった。当然客先からは非難と軽蔑の眼差しをかずかぎりなく向けられたのである。よくお客さんが見捨てなかったものだと、ふりかえると冷や汗が出る。
  吉本隆明は少なくとも60年代までは左翼の人であった。詩集『転位のための十篇』は労働組合運動が舞台であるし、60年安保のときはデモ隊の渦中にいた人である。だが通常の左翼人のように革命を錦の御旗のようにふりまわしたり、国家や政府の悪口を専門的に言う人ではなかった。体制に妥協するのでもなく、社会なら社会を正確にかつ正直に捉えようとした。60年代には早くも、現代とは戦争も革命もない時代である、また資本主義の高度な発展は社会主義が理想としていた経済発展を革命なしに成し遂げられる可能性をもっている、というような見通しを書いていた。それは「豊かさに負けた」というような脱力感をともなう言い方ではなく、資本主義の積極的な評価だった。この点では私は感覚的に無理なく受け入れられたのだし、感覚にとどまることなく、吉本によって先んじて硬い骨組みをあたえられて、私の中で政治的・社会的な意味での「革命」はどうやら死に絶えたのだ。
  最近は吉本さんの本からはとおざかっているが、ここまで書いてみると私の若いころの人生に彼の存在は深く関わっていると認めざるをえない。吉本隆明に接することがなかったならば、私の若い時代は少しは変わった風景でありえたかもしれないと思うと、やはりその死は重いのだ。87歳という年齢は、ついに来るべきものが来てしまったというところか。私の母もほぼ同年齢で、健在だが、かなり衰弱している。  
  もうひとつ書いておこう。オウム真理教とその教祖麻原彰晃を、吉本隆明は無差別テロ事件発覚後、最大限に擁護した。私も衆に漏れずオウム非難派だったから、このときの吉本の反応には違和感をもったが、よくふりかえれば吉本にしてみれば当然だったかもしれない。吉本は著作をよく評価した人にたいしては、その実際の行動がどうであれ、その肯定的評価を容易には変更しない人で、事件発覚の前には宗教家としての麻原をその面で高く評価していたからだ。麻原がどんな思想の持ち主なのか今まで知らずにきているが、事件のことは別にして、その思想まで知らずに軽々に断罪するのは避けたほうがいいのではないかと、立ちどまらされた記憶がある。

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2012.03.26 Mon 01:40  |  seha #-
リンク大歓迎です。どうぞどうぞ。じょ@修業中さんのもとへもときどき訪問します。

> 故人となった吉本隆明さんがそんな重要なこと言っていたなんて知りませんでした。当方のブログに訪問してくださってありがとうございます。
> 私は、最近、吉本隆明さんの古典読解を読んで、大変、面白いなあと思っていました。
> その攻略には一筋縄ではいかない、多彩で偉大な思想家なんですね。
> 過去から現在までの主要著作を読んでみたいと思いました。
> ついでに
> あなた様のブログ「大洋ポート」、リンクしてもよろしいでしょうか?
Re: 「日常の繰りかえしに耐えられない者は、どんな立派なことを言っても信用するに値しない」について  [URL] [Edit]
故人となった吉本隆明さんがそんな重要なこと言っていたなんて知りませんでした。当方のブログに訪問してくださってありがとうございます。
私は、最近、吉本隆明さんの古典読解を読んで、大変、面白いなあと思っていました。
その攻略には一筋縄ではいかない、多彩で偉大な思想家なんですね。
過去から現在までの主要著作を読んでみたいと思いました。
ついでに
あなた様のブログ「大洋ポート」、リンクしてもよろしいでしょうか?
「日常の繰りかえしに耐えられない者は、どんな立派なことを言っても信用するに値しない」について  [URL] [Edit]







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