大洋ボート

ヒミズ

  新聞記事で読んだが、園子音監督は3・11東日本大震災のあとにシナリオを書きなおしたそうである。つまり本筋の物語の前後に地震の風景をつけくわえた。俳優の何人かが、瓦礫の山と化した街にたたずんで呆然とながめやる場面がある。これは俳優としての映画上の役柄を抜き去って、一個人としての素にもどって、あらためて瓦礫の街を眺めてもらおうという意図であろう。無表情のなかから押し殺したような沈痛さがうかがえる。また、ラストでは主役の少年と少女が、息を切らして走りながら「がんばるぞ!」と連呼する。その声はやけ気味で、被災して生き残った者はとにもかくにも生きていかなければならない、がんばれる人も精根尽き果てた人も生きていかなければならないという被災者にたいする応援メッセージだろう。それはまた物語の最後の部分で自殺未遂から生き返った少年の、これからの自身に対する叱咤激励にもかさなっている。だがいかんせん、物語と地震のつながりがこの部分だけでは弱い。それに、絶望した少年がその絶望をうっちゃらかして「がんばるぞ!」と叫ぶのは、あまりにも唐突だ。被災者にたいしての応援メッセージそのものは唐突であってもかまわないし、即応性をもとめられるのが応援メッセージならば的確な言葉探しが二の次になって、とりあえずは「がんばるぞ!」と叫ぶしかないのはやむをえないのではあるが。
  このように映画『ヒミズ』は地震と固有の物語との二重構造になっていて、地震の部分はオリジナリティがまったくないものの力強さは感じられる。反面、お話(物語)の部分はかすんでしまった感がぬぐえない。ゆでたまごなら、黄身と白身の二重構造が口に入れると見事に一体になってくれておいしいのだが、そうはなってくれない。
  染谷将太は中学生で、貸しボート屋をいとなむ両親の一人息子だが、父は放蕩壁があって借金まみれ。家出中だが思い出したように戻ってきて金をせびる。そのうえ「おまえなんか生まれなくてよかったんだ」といつも同じセリフをねちっこく言い放つ。母もそんな夫に愛想をつかして家出。どうしようもない家庭環境だが、同級生の二階堂ふみが考えられないようなおせっかいをやいてくれたり、どういうわけか貸しボート屋の周辺でテント生活をする人たちがいて、同情してくれたり、ときには手助けしてくれる。原作が漫画であるそうで、説明を大胆に省略してあらあらしく物語が展開するさまは園子音監督らしさがある。不満があるとすれば、父の光石研をもっともっといやらしく描いてほしかった。また重大事件を起こしてしまう染谷の絶望もいまひとつ鑑賞者の心に錘をおろしてくれない気がした。ここから「がんばるぞ!」に強引につなげられるのだが、その間の時間があまりにも短い。
   ★★★
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