大洋ボート

聯合艦隊司令長官 山本五十六

  役所広司演じる山本五十六に好感を持った。山本は日米開戦に反対する立場であったという。アメリカの国力が日本と比べてあまりにも厖大すぎて、とうてい勝算がもてないからだ。したがってアメリカを敵にまわすことにつながりかねないドイツ、イタリアとの三国同盟締結にも反対であった。だが時代は山本が反対する方向へと舵を切ってすすんでいく。日本軍の真珠湾攻撃で太平洋戦争の火蓋が切られるが、山本のそのときの立場は聯合艦隊司令長官で、軍事作戦の総責任者。戦いに反対した者が、思惑とは裏腹に戦いの勝利のために全軍を指揮しなければならなくなる。戦いたくない者が、勝てる見込みがないとみなすいくさに駆り出されるのだ。このジレンマ、目の前のいくさに気概のすべてを投入できないという二律背反が、役所広司からよく伝わってくる。   
  「一年や半年なら存分に暴れることができる。だがそのあとは自信がもてない」山本はこういう内容のことを近衛文麿に語ったという。山本についてそれ以上の詳しいことを私は知らない。だからこの映画で描かれた山本が、実像とどれほど一致するか、また隔たりがあるかについてはわからない。山本の人間像が映画の中心主題なので、ただ映画の一観客としてそれに触れて感応したことを記せばよいと思うだけだ。
  ミッドウェー作戦遂行においては山本(役所)は悲観的だ。東京がはじめて空襲を受けた昭和17年、アメリカ軍の航空基地があるらしいミッドウェー島(ハワイ諸島の北西部)攻略のため、日本軍は真珠湾攻撃以来の大艦隊を編成して同島付近に展開する。だが二匹目のドジョウはいないのでは、との心配を払拭することができない。戦果報告を部下とともに待つ間(戦艦大和の一室か)、山本は将棋に興じている。心をまるで目の前のいくさから逸らせるかのようだ。部下たちは山本の心の内部を知らないのかもしれない。だが山本への信頼は厚いようで、山本に寄り添う椎名桔平や吉田栄作の動きからそれはわかる。また山本は最前線の動きにたいしても作戦プランにたいしても口出しをつつしんで、それぞれの担当部署の人に任せたような気配も感じられる。つまり、山本もまた部下や軍のそれぞれの担当者を信頼していたようだ。そのことと、内心の戦争反対の立場は並存できるもののようだ。そして案の定、つぎつぎ無線で入ってくる戦況はかんばしくない、それどころか惨敗だ。だが山本はまるで用意していたかのように、心の動揺を封じ込める。この心の準備が将棋を指す所作によく表されていると思った。はたして緊張がみなぎる司令室でトップが将棋を指すという所作が実際にあったのか、私は知らないが、映画としては秀逸な場面だ。
  もうひとつ、というよりもそれよりも印象に残った場面がある。山本は甘い食べ物が好きで、一人で街の食べ物屋へ出かけていって、しるこを食べる場面だ。おばあさんと小さな女の子しかいない食堂。男手は戦争に駆り出されたのだろうか。椀を卓において暖簾のなかにもどる少女。少女の髪に赤いリボンが飾られている。カメラは少女の後頭部をアップで撮る。べつに変わりばえするのでもないリボンだ。だがこのとき山本(役所)はものすごくリボンに吸引されることがわかる。現在(当時)の時代やそのときの自分の置かれた立場がいやでいやで、どこかへ逃げていってしまいたいとの押さえに押さえた山本の心情が、ここではからずも露出したのではないか。逆にいうと、現在のあまりにも自分を制御してしまったことへの悔しさだ。そして山本(役所)はその制御をごく自然に忘れる。おかわりを希望して声をかけると少女が椀をとりにくる。両手で椀を少女に渡そうとする山本。だが山本は日露戦争従軍の際、指の何本かを負傷して不自由になっている。(左手だったか?)普段は用心しているはずのその指のことをここでは忘れてしまい、たぶん汁が残っているであろう椀を落としてしまう。ここは少し涙した。重圧から短い時間ではあるが山本は解放され、そのことを無念とともに知ったのだ。 
  この食堂の場面をきわだたせるために、山本の一家団欒での食事の場面も用意されたのではないかと思ってみたくもなる。そこではよき父を演じなくてはならないという山本の義務感さえみえてくる気がする。この義務感は戦場での山本にも通底するものだ。大きい煮魚がまず妻の原田美恵子から山本(役所)の手元に置かれる。すると魚の身を役所が箸で丁寧に切り分けて子供のそれぞれの皿に入れる。父の権威が自然なかたちで顕在した時代の表現でもあるのだろうが、どこかしら堅苦しさがただよう。
  模型やCGによる戦闘場面がそれほど多くないのも好感が持てた。またミッドウェー海上で炎上する空母群にしても臨場感があり、以前の戦争映画よりもずっとましだと思った。『男たちの大和』の戦艦大和の模型にはしらけたが。
    ★★★★
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