大洋ボート

アントキノイノチ

  園子温監督の『恋の罪』を見たあとだからなのか、映像の流れがぎくしゃくしている気がした。カットごとの時間が微妙に短すぎる、次のカットがいきなり始まってしまう、そんな印象を持った。また人物の被写体にカメラが近づきすぎるのではないかと思った。カメラが単に近づけば人物の心のなかに近づけるというのは嘘だろう……。私が神経質なのかもしれないが、こういうことが気になるとなかなか映画のなかに入っていけなくなる。
  舞台は遺品回収業の会社。孤独死した人の遺品を整理・回収するのが業務で、遺体のほうはすでに別の業者によって処理されているらしい。「おくりびと」がその様子を描いていたが、似たようなものだ。遺品は家族をはじめ縁者がいれば引き渡すことが可能だが、断られれば大部分は焼却処分しなければならない。子供を捨てて家出をしたらしい女性の遺品には、子への出しそびれた手紙が大量に残されていたりする。つまりは、その会社の社員は死に様の典型的な例をそのたびごとに目撃することになる。新入社員の岡田将生にとっても考えさせられる日々だ。
  とくに岡田にとっては高校時代の苦い体験がある。いじめ好きの変質者によって自殺に追い込まれた友人がいた。その変質者は岡田にも牙を向けてきて、岡田はいっときはその男に殺意を抱いた。岡田はそういう体験によって何年間か精神疾患に陥ってしまった。社員の榮倉奈々も「いじめ」というのではないが、同じく人命にかかわる苦い体験を経てきている。岡田と榮倉のなかで自分の近い過去における人命と、仕事によって見せつけられる人命のあり方が二重写しになり、二人は自分自身も含めた「生き方」を構築しようと真面目に思い悩む。その共通点によってふたりは惹かれあっていく。映画の狙いはそんなところだろうか。岡田の高校時代は具体的に描かれるが、やや駆け足気味で説明的だ。私たちが新聞記事を読んでわかった気になる以上のものではない。榮倉の事件は科白によって明らかになる。この部分は短いが、榮倉奈々という若い女優の力によって迫真的になった。
  後悔や惨めさや悔しさはだれにでもあるだろう。あのときああすればよかった、何故それができなかったんだろう、というように。罪責感にもさいなまれる。だがあまり潔癖であっても前へ進めないだろうし、勿論いいかげんであってもいけないだろう。時間の経過とともに傷が癒えていくことは、忘れることは悪くはない。良心のひとかけらくらいは持ちつづけたいにしても。また異性の愛をえることで暫しの安定感にひたるという幸福もある。なべて人生はいろいろあって、またもやもやしていて、一刀両断には決して変革できない。後半以降はそんな感慨が見えはじめてきて、喜びかけたのだが。
  しかしながら、締めくくり方がまったくいただけなかった。大きな悲劇が起こるのだが、これでは映画が安っぽい悲恋物に堕してしまう。岡田将生、榮倉奈々、それに原田泰造という俳優陣が充実していただけに残念だ。
  ★★★
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