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サンザシの樹の下で

  チャン・イーモウ監督の『初恋のきた道』や『あの子を探して』は私の映画視聴歴においてうつくしい思い出を刻み込んでくれているが、今回の『サンザシの樹の下で』もまたそこにくわわりそうだ。前二作同様また泣かされるんだろうなあと思って足を運んだが、やはりそうだった。とくにラスト・シーンは涙の総仕上げみたいで、イーモウ監督の視聴者をたくみに誘導していく術中に見事にはまってしまって涙がとまらなかった。とにかくうつくしいのだ。若い男女のいわゆる純愛ものであるが、悲劇に終わるから涙があふれるのではない。恋愛それ自体が男女二人において、十二分に節度と余裕が維持されながら高まっていく、そしてつきあいがつづくなかで揺るぎない共通の確信へとつながっていく、この過程がたいへん豊かで贅沢な時間になっている。時間がまるでとまるようにそこではゆっくりと流れる。いつまでもそこにとどまっていたいと視聴者に否が応でも思わせてくれる。ここが中心で、のちに悲劇が訪れなくても十二分に曇った心を洗い流してくれる、それが本作の涙の本質であろう。
  1970年代前半の中国で文化大革命の時代、女子高生のチョウ・ドンユイ(ジンチュウ)は下放政策によって農村に派遣されるが、そこで青年ショーン・ドン(スン)と知り合う。スンはジンチュウに万年筆をプレゼントしたり親切にしたりで、ジンチュウもスンに好感を持ち、少しずつ相思相愛になっていく。だが呑気なばかりではない。この時代は多くの人が毛沢東派によって迫害を受けたが、ジンチュウの父も「走資派」のレッテルを貼られ自宅には不在で、母も当局から睨まれている。スンの母も迫害に苦しんで自殺したことが、二人の会話のなかで明らかになる。露骨な政治批判は二人の口からは発せられないが、二人とも肉親にたいして信頼を寄せていることがわかる。そしてその気持ちが、二人が恋愛関係に一歩ずつ近づいていくことの楽しさと自信とも通低していることが視聴者にはわかるのだ。そして二人を称えるチャン・イーモウ監督の「熱さ」がたいへん静かで美しい映像美となって溢出する。
  ジンチュウがはじめて農村にやってきたとき他の生徒や村人とともに小川をわたる場面がある。ゆるやかな流れで浅瀬に並べられた石を伝うのだが、同じところをすでに仲良くなったジンチュウとスンが渡る場面が少しあとにある。薄暗くなった時刻か、小川の流れはよりいっそう静かになってまるで鏡である。スンは自分のもった短い棒をジンチュウにもたせて先導するのだが、川面に二人の影が微動だにせず、ほんとうにくっきりと映える。映像が深みをにわかに創出して別次元の感をあたえ、わたしは吸い込まれそうな気になった。二人にとってもこの場面は別次元、新たな時間を自覚させるようで、ジンチュウは棒をもった手を自分からスンの手に近づけていって、握り合う。じつに自然な動作にみえる。勿論美しい。
  美しい場面はほかにもいっぱいある。スンが健康診断と称して入院したとき、ジンチュウは見舞いに行くのだが、病院に宿泊することがかなわず、門の前で一晩を明かす。病室から門前に座りながら、ときおり病室を見上げるジンチュウと、それを病室から見下ろすスン。このときのカメラの角度が二人それぞれの視線の角度に忠実で、見えはするが余裕をもって視界にとらえることができないという窮屈さがよく表現されていた。さらに翌日である。ジンチュウのために部屋を用意したスンは、そこにやってくる。恋愛とは体を求め合うことだ。手を握り、キスをし、さらに体の深部を探りあうという過程がある。二人とも十分にそれを意識しているが。乱暴ではなく、うつくしいばかりの節度がある。節度とは行為にいたるまでの「間」のことだ。ベッドがシングルなので二人では寝られないので、どちらか一人がベッドを使おうということに決めて譲り合うが、やがて二人でベッドに体を横たえることになる。スンは勿論男性だからシーツの下に手を差し入れる。いいときになってジンチュウはスンの手をぎゅっと握り締めて拒む。スンはそれ以上にはすすめない。二人が互いの目を見つめ、少ない言葉を交わしながら、留まっていてもうつくしいばかりの時間を、何かしらおそるおそる壊していくような、さらにそれによってあらたなうつくしい時間が現出するような、そんな気持ちで、わたしは固唾を呑んで見入っていた。恋愛と性愛の醍醐味だろう。
  のちにスンが行為を中断した理由が明らかになるが、つまりジンチュウの妊娠を恐れたのであり、スンはその責任をまっとうする自信がなかったからということで「節度」ばかりではないのだが、そういう後日談がなくてもこの場面は十分にうつくしい。
  チョウ・ドンユイという新人女優に見とれてしまった。みずみずしい。これでもかこれでもかというカメラのアップに十二分に耐えられ、しかもなお視線を吸収する力は若さとスッピンによるのだろう。『初恋のきた道』のチャン・ツィイーのような闇雲に相手に突進していく役柄ではなく、おっとりしたところがある。それにあどけなさに加えて老成した空気も感じられた。今後の活躍が期待されるが、たぶん少しずつ変化していくのだろう。本作以上の作品には容易にはめぐりあえないかもしれないが。
  ★★★★★

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    11:09 | Trackback : 4 | Comment : 2 | Top
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2014.07.30 Wed 21:08  |  seha #-
ありがとうございます。あまり更新できませんが、ときどきみてやってください。

>とても魅力的な記事でした。
> また遊びに来ます!!
Re: タイトルなし  [URL] [Edit]
2014.07.29 Tue 08:58  |  履歴書の書き方の見本 #-
とても魅力的な記事でした。
また遊びに来ます!!
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