大洋ボート

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  新左翼過激派の運動が盛んだった1960年代後半から70年代初めにかけてが背景。大手新聞社勤務の妻夫木聡は週刊誌部門に配属されて少数過激派のリーダー松山ケンイチを知ることになり、取材対象としてかかわりながら交流を深めていく。その週刊誌は過激派の動向をとりあげることが多く、妻夫木もまた一種シンパシーを抱いていた。運動に参加しないことへの後ろめたさをもちながら。やがて松山は自衛隊からの武器奪取作戦を計画実行するが、実行部隊の学生があやまって自衛官を殺害してしまい、松山もその責任を追及されて長期の懲役刑を課される。実在の事件がモデルとなっていて私もよくおぼえている。殺された自衛官も気の毒だったが、ああこの男(松山ケンイチのモデル)の人生も終わったなあと、同情と軽蔑の念を抱いたものだった。だが私も当時は過激派の高校生活動家として動き回っていたから彼らの執着ぶりはわかる気がした。私はたいしたこともないチンピラ活動家であったが、主観的には一生懸命だったのであり、運動から身を引いたのちにもそのときの体験は謎をふくみながら尾を引いた。また私の場合は60年代のみの活動歴なので自衛官襲撃のような厳しい行動がさしせまることはなく比較的平穏に過ぎたのだが。
  当時のことをあらためてふりかえることにもなったが、映画としては全体に静か過ぎるところがあって乗っていけなかった。例えばである。松山は妻夫木にたいして「4月蜂起」計画を明らかにして妻夫木もそれを記事にするが、計画の日を過ぎても何も起こらずまったくのガセネタであったことが判明する。さらに松山は妻夫木に偽名を使っていたこともわかる。松山にすればガセネタでも世間に関心を向けさせ刺激をあたえるということで、有名週刊誌に記事が載ることは目的に沿うものであった。偽名は警戒のために正当だということだろうか。だが妻夫木にしてみればだまされ見下されて利用されたのである。怒りを爆発させて当然と思える場面だが、怒りの表現はあるにはあるが奇妙に見えるほど抑制されている。ときにはぶつかりあうのが人間関係だから不自然だ。ここで二人は絶縁するのではなくさらに友情に近いものに変わりゆくのだが、それにしてもと思わざるをえない。たぶん山下敦弘監督の映画スタイルへのこだわりがそうさせているのだろう。セリフの「間」が几帳面なくらい固守されているのもそれにあたる。セリフが吐き出される前の「間」、さらにそれに相手が応える直前の「間」。これが終始一貫出てきて、私にすれば鼻につく。考えながら立ち止まりながらも行動に行き着いたのだと言いたげのようだが、結局は武器奪取作戦を実行してしまうのだから「間」は停滞や空白やいくばくかの思考の切れ端を表現するものにしか過ぎないのではないか。そんなことはないと思うが、あの時代における、ありえたかもしれない別の運動の可能性をそこに代替させたいのだとしたら貧弱だ。
  松山ケンイチが作戦を実行してしまう心の傾斜はわかる気がする。当時の私もふくめて新左翼過激派は自分自身が実行の舞台にあがることを何よりも重視した。一種の偏向的傾向であったが、非参加やそれにちかい形での協力は無意識に見下された。だからガセネタや偽名使用をなじられるのには痛痒を感じないものの、松山は妻夫木にたんに活動家を騙る人物とみなされることをなによりも屈辱として受け止めたのだろう。だからこそ実行は勿論のこと、松山は妻夫木に自分の正体やのちには犯行のくわしいいきさつをうちあけることにもなる。実行にくわわることで松山ははじめて活動家、革命家として本物であることを自他に喧伝したかったのだ。実行部隊が倒れた自衛官を尻目に律儀にも「赤報隊」の赤ヘルメットやアジビラをばら撒くことも組織の存在を知らしめ誇示するためで、ただ犯行の成果をえたいのみではなく、これも当時の傾向だった。特に松山の率いるような小さいグループでは派手なことをやらかしてマスコミや世間にインパクトを与えたかったのだ。
  妻夫木はスクープをものにしたいとの思いで松山に闇雲に近づいていく。宮沢賢治やギターによる弾き語りなど共通の趣味も発見して取材対象者という以上の親近感をえたつもりになるが、これは危うい。記者としてのはやる気持ちが「友情」の形成を錯覚させたのかもしれないからだ。過激派をほんとうに好きだったのか、彼らへのシンパシーとは妻夫木にとって何なのか、どうも妻夫木はその自問自答をおろそかにしたのではないか。だがここでも映画は食い足りない。やはり山下監督の技法へのこだわりがそうさせるのか、妻夫木聡はそれほど喜びも表現せずまた愚かしい印象も伝わらない。たんにストーリーとしての通過点にしか見えない。結局妻夫木は松山に近づきすぎた結果警察にも連行され、新聞社も辞めざるをえなくなる。
  妻夫木が号泣する場面で映画はほぼ終わる。フーテン学生を潜入取材したときに知りあった男と偶然に再会したときだ、彼は居酒屋を営んでいて妻夫木は知らずにそこに入った。それをきっかけにして、その時代の全体がおそらく妻夫木に去来したのだろう。記者としての職業的活動も過激派メンバーとの交流も終わった。やりたいことをやるつもりだったのが、翻弄されるままに終わってしまったということだろうか。ひとつの時代と彼の若さもともに。
        ★★★
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