大洋ボート

ミスター・ノウバディ

  いくつもの人生を同時並行的に生きられるという運命を授けられた男ジャレッド・レトー(ニモ)が主人公。彼はまた過去にさかのぼって自分の行動を変えられる能力も持つ、行動が代われば結果もまたおのずから変わる。彼以外は通常の人生を歩むとみえるので、彼独自の能力か運命にあたるのであろうか。今日の映画の世界ではこういうSF的設定は蔓延しているのでめずらしくもない。
  私は過去にもどって人生をそのままの状態でくりかえしたいとは思わない。また、過去の自分のままで過去の自分や周囲に何らかの改変をくわえたいという欲求も感傷をまじえたもの以上にはない。ただ過去において無意識だった問題を発掘し整理して現在につなげてみたいという欲求は少なからずあるが、そういう問題意識を刺激されることもなかった。つまりは凡作の評価しかできなかった。
  ニモは子供時代に両親の離婚にたちあう。そのさいどちらとともに生活するか選択をせまられるのだが、ここがこの映画の出発点になっている。最初の人生の分岐点にあたるが、彼は両方を選択できる能力があって、父母それぞれと同居するという二つの人生がはじまる。二人のニモは当然のちに別の女性と恋愛し結婚する。また母についていったニモは母の再婚と離婚に遭遇し、新しい父の連れ子の女性とも恋愛関係になる。つまりは総計3人の女性との関係を同時並行的に生きることになる。強いられる。しかもこの3人の女性はいずれも幼馴染で女性同士も子供時代は友達の関係である。3人の女性と将来結ばれたいという欲求を、未来を好き勝手に創造できるという能力で実現したことになるのか。
  サラ・ポーリー(エリース)との出会いがおもしろかったか。ニモは過去をやり直す能力を持っていて、ビーチで出会ったエリースに好印象を持ったが乱暴な言葉づかいでつきあいことができなくなる。そこでその場面にもどってソフトな言葉に切り替えるとつきあいがはじまるという仕組みになっている。だがエリースにはもともと恋仲の男がいて、過去の偶然の系列をニモが変えた結果ニモとエリースは結婚にいたるが、エリースはいつまでもその男が忘れられずにのちにうつ病に陥ってしまう。つまりニモには自分のありのままをさかのぼって修正することはできるが、強引で人の気持ちを理解しようともせず、またその方面での透視能力もないということだ。人の気持ちにまで手を突っ込んで変えられないのだ。ニモの能力は限定的でそのぶん人間的で平凡だ。お互いを理解しようとすることと自分の欲望とがぶつかりあうのが人間同士の劇の醍醐味であるはずなのだが、ニモとエリースの関係がここまでしか描かれないのは不満だ。
  ニモは過去をふくめていくつもの現在に生きている。ひとつの現在で呼吸していても同時並行するほかの現在がたえず念頭にあって、とくにその難題から逃れることができない。いちばん幸福そうにみえるジーンとの結婚生活のさなかにおいてもジーンの名を間違えるくらいで、心をちっともこちらに向けてくれないとジーンに悲しまれる始末だ。これでは幸福にどっぷりひたることはできない。私は現在はひとつのほうがいい。たとえ過去に不幸があったとしても時間の作用がその不幸をやわらげたり忘れさせてくれたりするからだ。現在が幸福であるとするならば、そういう時間の作用の結果として幸福はある。相対的に幸福でなかったならば過去の不幸も正確には捉えかえせないのではないか。また現在の不幸に正面から対峙するという姿勢も主人公にはなく、ただ別の人生の穏やかさに逃げられる、そのことでごまかしが効くと受け取れなくもなかった。ちっとも羨ましくもなく教えられることもなかった。
  ニモが死を迎える最後の人間だとか、ほかの人はすべて永遠の命を得たとか最初に説明があるが、さらなる展開もなく、おもわせぶりでしかない。
  ★★
関連記事
スポンサーサイト
    13:29 | Trackback : 1 | Comment : 0 | Top
Comment







(編集・削除用)


管理者にだけ表示を許可
Trackback
http://oceanic.blog70.fc2.com/tb.php/436-dc6e3c0f
単調に見える「結婚生活」の中にもいわゆる「分岐点」のような時期が必ずあります。妻の出産・子どもの受験・夫の転職や転勤・住宅の購入・連れ合いの病気・子どもの独立や結婚・定... 2012.09.03 17:00
プロフィール

seha

Author:seha
FC2ブログへようこそ!

カレンダー(月別)
07 ≪│2017/08│≫ 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
最新の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
カテゴリー
月別アーカイブ
全ての記事を表示する
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

FC2カウンター
ブロとも申請フォーム
ブロとも一覧
ブログ内検索
RSSフィード
リンク